ショートコント:隠し扉

*メインキャラクターは一切出ません。

(以下は、カノン王国に引っ越してきた商人の男と、庭師の会話である。)

 怒り狂った主人。
 付き合いの長い執事が怒鳴るにまかせていたが、しばらくするとため息をつき、主人の要求にこたえ、一人の男を連れてくる。
 引っ越し先の物件を手配した庭師である。
 帽子を前に抱えた小男は、卑屈そうな足取りで家のしきいをまたぐ。
 主人、それにさらに気分を害する。

「へえ、お初にお目にかかります。旦那様。こちらでの生活はいかがですか?」
「おまえがこの物件を手配した。そうだな?」
「はあ、ありがとうございます」
「ありがとうございます、だと! なんだ、この家は?」
「奥様とお坊ちゃまにはたいそう気に入っていただけたと自負しておりますが」
「ひどいありさまだ。柱がやたら邪魔な位置にあるし、ランプのひとつは不良品だ。床板が中途半端で、柄が違う上に足音が響く。それに、夜中になるとゴゴゴと妙な音がする」
「はあ」
「それに何よりもこの請求だ。いったいこれだけの金を何に使ったんだ?」
「請求ですか?」
「私もこちらでの商売にはまだ慣れていない。家のことは妻に任せっきりだったし、口を出すまいと思っていたが、……いくらなんでも高すぎる! 同じ値段で平屋が建つぞ!」
「ああ、そりゃそうです。はい。実際に一軒ぶんくらいの平屋は余計に建ててますから」
「は?」
「隠し扉と隠し部屋の分です、旦那」
「隠し扉?」
 男の言い分に、主人、耳を疑う。小男は出っ張った柱に手を伸ばし、ランプをひねった。カチ、という音がした。
「そうだ、そのランプもつかないんだ!」
「そういうもんでさあ」
「そういうものとはどういうことだ。点かないランプに何の意味があるっていうんだ」
「他と同じだったら、他と見分けがつかねぇですから」
「いいかげんにしろよ。家主に無断で隠し扉をつけたっていうのか」
「はあ、特に注文もありませんでしたし」
「注文がなかったら隠し扉が付くのか!?」
「へえ、付きます」
 主人、絶句。
 小男が二度、三度と家を行ったり来たりして複雑な操作をすると、ゴゴゴゴ、という音とともに空間がぽっかりと口を開けていた。
「こちら、旦那様の私室でさあ」
 隠し扉の向こうには控えめな空間があり、立派な机と椅子があった。
「窓がありませんが、代わりに天窓があしらってありまして。洒落てるでしょう?」
「あっ、そういえば、庭を一周したとき、何か違和感があったんだ! やたら、外観と中身が一致しないと思っていたが、壁が厚いものだと、てっきり」
「あっしのほうも、まさかわざわざ説明しなきゃならねぇとは思ってませんでしたが。奥様なんぞ家を一目俯瞰で見て、道のつながってない部屋を見つけて、そうしたら心得たもんでさあ。コンコンと壁を叩いて、ゆとり空間を見つけたもんですぜ」
「収納か何かみたいに言うな。屋根のある家をどうやって俯瞰で見るってんだ。一階だぞ」
「ま、旦那様の私室は手順を知らなきゃ絶対に開きませんや」
「待て。まだ隠し部屋があるのか?」
「そりゃあ、立派なお屋敷ですし、一つじゃすみませんよ。奥様のと、坊ちゃんのと、使用人のと……あ、使用人のほうは部屋というよりか、抜け道ですが、まあ、カノン王国では標準的なものです」
「……」
「旦那、隠し部屋っていうのはベンリなもんです。何かあったときに避難場所にもなりますし。それに、ある程度の大きさ以上の家には隠し扉がないとかっこが付きません」
「そういう決まりでもあるのか?」
「実際に決まりがあるわけでもねぇですが」
「うん?」
 小男、声を潜める。
「とある金持ちがですぜ。工賃をケチって、隠し部屋をつけなかったんです。そんなんじゃあ、ダイジなものがどこにあるかすぐわかってしまう。泥棒に入られたら困る、ってね」
「……」
「するとどうなったかっていうと、案の定、家主の留守を狙って、賊が忍び込んだんでさあ。でも、一向に隠し部屋が見つからない。それもそうでしょう。ハナから隠し扉がなかったんですから。賊はそんなはずないと探し回って、壁を叩きまわり、そうしているうちに夜が明けて、家主と遭遇し、思わず、刺し殺しちまったんでさぁ」
「……」
「ああ、ここできちんと隠し扉の一つおいておけば、被害はへそくりくらいで済んだってハナシで。ね、ほら、隠し扉は大事でしょう、旦那?」
「それは本末転倒じゃないか?」
「お屋敷には何かある、と思われるのが金持ちの責務でさぁ」
「やめちまえ、そんなもん」
「ところが、こんな事情で、やめるにしても誰かがやめるわけにはいかねぇんです。もう『何かある』とは思われてますから。隠し扉をやめたかったら、全員でいっせいにやめないとならない。もう抜け駆けはゆるされねぇってこって」
「そんな馬鹿な話があるか」
「カノン王国の男児っていうのはね、旦那。隠し扉とともに大きくなるんです。息子さんがあんたの不正経理に勘づいた時の日記を書くとき、どこに隠せばいいってんですかい?」
「めったなことを言いやがって。私にそんなやましいところはないし、隠し部屋に置くほどたいそうなものもない。うん、使い道はないぞ」
「でしたらどうです。奥さんを褒めた日記のひとつ置いて置くんでさあ。直接伝えるよりも奥ゆかしいでしょう。好感度上がることまちがいなしです」
「それは……。待てよ、いいかもしれない」毛皮の値引き交渉ならお手の物だが、主人はなかなか奥手である。
「待てよ。絶対に開かない隠し扉なら、妻もわからないはずじゃないのか。だれからの好感度が上がるって言うんだ?」
「そりゃ、後の世からの」
「いい加減にしろよ」

2023.12.24

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