バームクーヘン

*失恋(たぶんお互いに未練たらたら)です。
*ニュートが別の吸血鬼(名無し)と結婚してます。
*ウルハムがドライ……(無印だし……)

 魔界の有力一族の代表を集めて行われる会議は、さきほどから停滞していた。
「断固反対だ、反対! ……俺は賛成できないな。フン!」
 ベーケス2世が言い放つと、会議室はシン……となった。
 新たな魔界王ニュートと、吸血鬼の長・ベーケス一族は仲が悪い。どちらも吸血鬼だというのに……。魔界ではかなり有名な話である。ベーケス2世はちらっと要綱を眺めただけで、紙を机に叩きつけて意地悪そうな笑みを浮かべる。
 どこがどう悪いのか、と、魔界王が尋ねる。
 ウルハムはため息をついた。
 おおむねいつもの流れだった。
 基本的には、ベーケスの一族は魔界王には反対しかしない。魔界王が白といえば黒だし、黒といえば白と言う。だから、この展開はもうお決まりではある……侮ってはいけない。彼は、資料をきちんと読み込んできている。
「たとえば12ページの自然保護区の整備に対する予算案だが、いったいいつのものを使っている? ここの小項目はどう考えているのか」と、……つらつらと反論が続く。これがまた言いがかりとは言い切れないくらいの微妙なラインをついてきており、ほかの家臣たちもおおっぴらに文句をいうこともできずにいた。
 家臣たちは、いまや魔界でもっとも権力のある一族である吸血鬼の、同胞のあいだで繰り広げられる内輪もめに、どうしたらよいかわからずただ虚無を見つめているほかない。
 ウルハムはすみっこで巻き込まれないように小さくなりながら、よくあれだけしゃべることがあるな、と、妙な関心すら覚えている。
 魔界王は、小さくうなずきながら怒涛の演説に耳を傾けていた。
「だいいち……こんな自然ばっかり増やしてどうするっていうんだ? 人間界でお育ちの魔界王サマは、すっかり頭も花畑かな、ははは」
 皮肉を通り越して侮辱である。ウルハムは、それよりも、続く魔界王の一言が怖かった。
 みんな花が好きだから。

 そんなわけあるか。
 何も味方する理はないはずであったのだが、それを聞いたベーケス2世は、面白いように凍り付いた。
「では……次に……25ページの……」
 それでまた、長々としたあげつらいが続くのだった。

 ◆◆◆

 どうしてベーケスの一族と魔界王の仲が悪いのかというと、痴情のもつれとしかいいようがない。いや、もつれるほどの糸もなかったような気がする。とにかく、あったかもあやしい婚約のせいなのか、話は大いにこじれたのだった。
 ウルハムは正直に言って関わりたくないが、回覧しないといけない書類があるので仕方がなくベーケス2世の部屋を訪れていた。とっととサインをよこしてほしかったが、ベーケス2世はなにか考えているようで、なかなかサインしてくれない。次の口論に備えて準備しているのだろうか。机の上にはいろいろな資料が散らばっていた。几帳面にふせんも貼られている。
 かつて魔界王に求婚していた(らしい)ベーケス2世は、ニュートの婚約者を名乗っていた。けれども求婚した次期魔界王をフったのはベーケス2世のほうだ。
 前魔界王と家臣たちがずらりと集められた中、公衆の面前で、思いっきり結婚を拒否した吸血鬼の話は今なお語り草である。
「ホントあの時の空気さ……いたたまれなかった……」
「あいつが思い出さなかったのがぜんぶ悪い! そのうえ、そのうえ……俺にフラれたらあっさり別の吸血鬼に乗り換えるなどと……」
 それから、傷心の魔界王は……、あっさりと別の吸血鬼と結婚してしまったのだった。
 相手は、人間界からやってきたばかりの吸血鬼だった。
 こっちは人間界に来るにあたって、婚約者に魔界に来てほしいと頼んでフラれた吸血鬼らしかった。お互いに似たような傷を抱えていたことで意気投合し、やけっぱちみたいに、噛んだ嚙まれたの関係に発展したらしかった。
 ウルハムはといえば、ちょっとだけ「ニュート様、嚙んどけばよかったなー」、と思わないでもなかった。
「何が良くて……」
「宵闇みたいな、髪の色が好きなんですって。あのう、2世」
「俺だって同じような色をしているだろう! 見分けがつくのか? 怪しいもんだな……」
「……」
「あの吸血鬼は、念力も大したことないではないか! ちっとも強くはなさそうだし。背だって……俺のほうが高い。それに、それに、式のあいだ、……二度も。二度もニュートの名前を呼び間違っていたぞ。はははは!」
「まあ、ニュート様も間違ってましたからね……名前……」
 お互い様なのだった。
「……どうせ、一年ももたないくせに……なあ、どっちが愛想を尽かすのが早いと思う?」
 この前の口癖は「一か月は持たないくせに」だったのだが……ところがわりとうまくいっているらしいのだ。一か月経ってしまった。
「ええ? あはは……」
 ウルハムにとっては、わりと、どうでもよい。というか、今、はっきりした立場を表明して厄介なことになりたくなかった。
「ニュートだって、俺の十五年のうちの少しでも苦しめばいいのに……ああ、殺してやりたい……殺す!」
 ベーケス2世はぶつぶつとひとりで文句を言っている。
 吸血鬼同士でいがみあっているスキに人狼一族もどうこう、といきたいところだが、ニュート様は吸血鬼になってしまったし。
 それでもって、新魔界王が別種族と対立したときなんかには、ベーケスは全力で文句をつけてくるのだ。ほかの種族からしたら魔界の政治が滞るわ、自分たちのことは顧みてもらえないわで、不満もたまるというものである。
「もうあきらめて、2世も結婚したらどうですか?」
「……うん? 結婚か。そうだな。それがよいな」
 ウルハムの提案に、ベーケス2世は、思いのほか乗り気であるようだった。
「俺ももう、前向きに生きるとするか。ああ、それで、俺の結婚式では、魔界王を一番前に招いてやろう! きっと悔しがるだろうし……」
 向いている方向が、前ではない。口を開けば魔界王の話ばかりである。
「そういえば、俺は先にくだらん会議から帰ったわけだが。あいつは何か言ってたか? 俺を殺すとか。嫌いだとか、憎いとか……なんか……」
「ええとね……。じぶんに子守唄を歌ってくれた人だから、優しくしてあげてねって」
 その一言が何故かベーケス2世を深く刺したらしい。ベーケス2世は、うめくように言った。
「……愛が、なんだ……」

2022.05.26

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