ねこのきもち

*ニュート猫化パロ

 ある朝起きると、ニュートは猫になっていた。
 猫だ。
 やたらとベッドが大きい気がするな、と思ったニュートだったが、窓を見ると猫がいた。びっくりしてぴょんっとはねたら、目の前の猫は、背中のアーチ状を保ったままにジャンプする。浮いた猫だと思ったものは、窓に映った自分の姿だったのだ。
 きりりとシルエットが引き締まるような首輪をしている。
 ウルハムあたりにあげようかな、と思っていた黒猫の首輪だ……。
 ニュートはそろそろと窓に近寄って、ガラスにぺたっと前脚をくっつけた。
 見た目も性質も猫そのもの。
 無種族はなんにでもなれる。猫にでもなれる。
 じゃあ、猫に噛まれたんだろうか……ピクシーに?
 きっと何か事情が――事情があったに違いない。魔女に呪いをかけられたとか、そういう……。
 でも、たとえ、事情があったとして、ニュートに何かできることがあるだろうか?
 だって、猫だ。猫はそんなこと考えるだろうか?
 猫らしく長めに伸びたニュートは、よし、ベーケス2世を構いに行ってやろう、と思ったのだった。あの陽気なベーケス2世のことだから「おっ、カワイイ猫ちゃんだな~!」と、ニッコニコで構ってくれるに違いないのだった。もしかしたら鼻先に口づけながら、「よちよち、元気でちゅか~♡」とか言い出すかもしれない。
 そうしたら、すごく面白い。
 ニュートは、あとからそれを持ち出してからかってやるのだ。
 いじわるばかりしようと思っていたわけでもない。
 彼は、さいきんなにかとお疲れのようだったから、ぜひともじぶんをモフモフして癒されてほしいという親切心もあった。
 この世に猫が嫌いな生物がいるだろうか?
 否だ。世界はじぶんを中心に回っている。

 さーて、ベーケス2世はどこにいるかな……と探したら、中庭のいつもの場所にいた。いつも以上に、魔界の植物はそびえたって見えた。けれども、ベーケス2世のすがたをみると元気が出てきた。
 ニュートは尻尾を左右に振りながら、得意げにてしてしと歩いて行った。
 きっと呼び止められるだろう。こんなにかわいいんだから……。
 ……。
 しかし、ベーケス2世は、猫に変じたニュートを見、ちょっと眉を動かしただけだった。
 ……?
 ニュートは大いに混乱し、そして、心に傷を負った。ニュートがベーケス2世に無視されたのは、魔界にやってきてから初めてのことだったのだ。もう一度戻ってきて、何なら今度は靴下ぎりぎりに、しゅっと頬を近づけてみたが、吸血鬼はそれをかわして、うっとうしそうに目を細めるだけだった。
「……あっちいけ」
 しかも、信じられないことを言われた。
 聞き違いじゃないのか。ニュートは固まる。裾を引っ張って必死にアピールしようとするが、ベーケス2世はそのまえに足をひっこめる。まるで毛がスーツにつくのが耐えられないとでもいうように……。
 そんなばかな。
 ひどい。ひどい。カワイイ猫に向かって、この仕打ちはあんまりだ。
 それでもニュートが立ち退かないとみるや、ベーケス2世は、無慈悲にも指を振った。ニュートキャットはなすすべもなく、首元をつままれ、わりあいそっと、植え込みに捨てられた。みゃー、みゃー、と物悲し気に鳴いてみたが、聞かなかった。
「……よたよた歩きだけ似てるな。フン」

***

「あれえ、なんかこっちの方でニュート様の声が聞こえたような……」とか言いながらやってきたウルハムを相手に命がけの(?)攻防を繰り広げたのはまた別の話である。
 くたくたにくたびれながら、ニュートは部屋に戻ったのだった(なんだかヒゲの先がぷるぷるっとするような、身の危険を感じた)。
 ニュートはシーツにくるまり、先ほどのショックを反芻していた。
 ベーケス2世に無視された。
 ベーケス2世に冷たくされた。
 それはひどく理不尽だった。
 いつも優しいベーケス2世が、猫になったじぶんには優しくないなんて……。ひどいことだ。許されないことだ。ベーケス2世はいついかなるときでもニュートに優しくするべきだ。ニュートがどんなすがたになってもだ。透明になっても、猫になっても、カブトムシになっても、ベーケス2世はニュートに優しくするべきなのだ。ベーケス2世はニュートの家臣だし、小さいころにそうしていたなら、ずっとそうするべきなのだ。
 そうじゃないとひどい。
「あら、ニュート様、どうされたんですか? どちらに行かれたのかと……」
 シーツをめくったフランコールは目を丸くした。
「泣いていらっしゃるんですか? 怖い夢でもご覧になったのかしら」
 シーツにくるまって泣いていたニュートは、いろいろと言葉にしようとしたが、あふれだして何も出てこなかったので、ぶんぶんと首を横に振った。
 フランコールにやさしく背中をとんとんとさすられる。
「ベーケス2世がやさしくなかった」というと、フランコールは少し考えて、それからまた背中をぽんぽんさすった。

***

「おっニュートー! ほら、ピクシーだぞ、ピクシー! みてごらん!」
 元に戻ったニュートの心は知らず、ベーケス2世はピクシーを指した。
「ニャー! 触りたければ、ちゃあんと金を払うんだど! どっさりもってきたら、触らせなくもないど!」
「こいつら、かわいいだろ? ……かわいいんだよな? 猫は? 人間界で。……犬よか、まだ、いいよな? ニュート?」
 無種族に戻ったニュートは、うたがわしい目でピクシーと戯れるベーケス2世を見る。
 にっこにこ笑ったベーケス2世。
 いつもの、やさしい、ベーケス2世。
 ベーケス2世は、動物にやさしくない……。
「え? 猫が好き勝手? 俺はニュートが好きだなあ……」
 ベーケス2世は目をキラキラさせながら、答えにならないようなことを言った。ニュートは何とも言えず、問い詰めることもできず、初めてベーケス2世の笑みをよくわからないと思った。

2023.02.23

back