本命チョコレート

*ご都合学パロ

「はーい! チョコレートで・す・わ!」
 ゾービナスがウルハムとベーケス2世の机に包みを置いた。可愛らしくラッピングされた手のひらほどの包みだ。美味しそうな匂いがただよってくる。
「わぁ、ゾービナス、ありがとう……!」
「あんたはクッキー、ですけどねー!」
「えへへ~!」
 ウルハムは素直に感激していたが、ベーケス2世は机に突っ伏して寝ている。腹を立てたゾービナスが頭の上に置き直す。無理矢理に置かれた包みは、バランスを失い、ころころと転がっていきそうになった。ウルハムは慌てて受け止めて、改めて安全な場所に置いてやった。
「2世、ほらー……ゾービナスがバレンタインですって!」
「あ?」
「チョコレートなら2世も食べれるでしょー、2世ってば、ほら!」
「うるさい」
「う、うるさいって……」
「ラッピングも、とびっきりキュートにしたんですのよ! 目ん玉ひんむいて見なさい!」
 ゾービナスのことばにも、ベーケス2世はろくに反応しなかった。ふああ、とあくびをしてまた居眠りにもどっていく。
「わあ、お花になってる。芸が細かいなあ……かわいー。ゾービナス。これ、自分でやったんですか?」
「そうですわよ。こうやって、くるんくるんって……苦労したんですのよ!」
 ウルハムがなるべくきれいさを保ちながら、せっせと包みを開けてみると、中身は、ピクシーを模したクッキーだった。
「わぁ! かわいいじゃないですか。これ、もったいなくて食べられないなあー」
「涙を流して感謝なさい!」
「うん、ゾービナス、ありがとう……! 2世ー。良かったですね。今年も1個貰えて!」
「……」
 ベーケス2世はチョコレートをもらっていない。机の中に入っていた匿名のチョコレートを無言でゴミ箱に叩き込んで以来、彼にチョコレートを渡そうなんて度胸のあるものは、気心の知れたゾービナス以外にはいないのだった。
「ベーケスは、かわいげがないですわー!」
「……」
「2世ったらー……そろそろ起きたほうがいいですよ」
 ベーケス2世は顔を上げると、ようやく包みをつまみあげた。それから、緩慢な動作で鞄にしまうと、シームレスにお昼寝の体勢に移行した。
「ちょっと、2世~!」
「このわたしがせっかく用意したのに……とんでもねぇクズ野郎ですわ! ベーケスは30万倍返しっ!」
「どっちがクズだ馬鹿」
「破産しやがれですわ」
「ぜったいしない。……来月にはどうせ忘れてるだろ」
「ぜえったいに忘れませんしー!」
「毎年、ちゃんとお返ししてるくせに。素直じゃないなあ。2世、……鞄の口、開いてますよ。勝手に閉めますからね」
 鞄に目をやったウルハムは、なんだか高そうなチョコレートの包みを目にとめた。
「あれ。もうもらってるじゃないですか! 僕はてっきり一個目だと……。うわー、なんか立派な箱。薔薇までついてる。……2世! これ、本命っぽくないですか!? いいなあー」
「触るな。それは俺が! あげるやつ! だ」
「……あ、そう。ニュート様に?」
 ベーケス2世は馬鹿にしたように、というより、真実馬鹿にして鼻で笑った。この幼なじみはほんとうに、婚約者にしか興味がない。
 そう、今年は……人間界から戻ってきたニュートがいる。
恋人のニュートと、幸せなバレンタインデーを過ごすのだ。だからこうやって寝て少しでも体力を回復させておきたいのだ。
「……。高いチョコ、カカオいっぱいで苦かったりするじゃないですかー。ニュート様、好きかなあ? ……どうせなら手作りとかしないんですかー、2世。手作りって嬉しいですよね?」
「ああ? 売ってるヤツの方がいいに決まってるだろ? 手作りなんて……。そもそも、ヒトの作ったモノなんて気持ち悪くて口に入れたくない、俺は」
「そ、そんな言い方ないじゃないですか……。っていうか、起きたら?」
「……」
「あーもう、ホントに、知りませんからね……」
「ふああ……。俺はだな。ニュートとの約束までは起きない。眠いんだ」
「ニュートちゃまっ~! らしいですわよ!」
「……あっ、ニュートっ!? わざわざ来てくれたのか!?」
 ベーケス2世は慌てて飛び起きた。
 教室の外に、ちんまりとニュートが立っていた。
「起こしてくれてもよかったのに。俺が迎えに行くって話じゃなかったか? ああ、いや、俺も……会いたかった! 会えてうれしい!」
 ベーケス2世は、嵐のように鞄をひっつかむと、ニュートと連れ立って教室を出て行った。
「もう……ニュート様のことしか目に入ってないんだからさ。ゾービナスはいいの? ニュート様にあげなくて」
「わたしー、ニュートちゃまには真っ先に渡しにいってー、お返し、もらってますの!」
「あ、抜け駆けしてたんだ?」
「はい!」
「えっ!? なにこれ?」
 ゾービナスは、また別の包みをウルハムに押しつける。
「ニュートちゃまから、ウルハムに渡しといてーですって!」
「わあ。おいしそう。えへへへへ~! 手作りだー、やった~! あとでありがとう、って言いに行かなきゃ。2世は直接もらえるのかな、いいなー」
「あやつのどこが好きなのか、しれませんわー!」

 ◆◆◆

 戻ってきたベーケス2世は、さぞかし機嫌が良いことだろう、……とウルハムは思っていたのだが、どことなくどんよりした雰囲気だった。のろのろと椅子を引くと、尊大に腰掛けてこんどは仰向けの姿勢のまま、また寝始めた。
「あのう、……2世、チョコレート。渡せなかったんですか? あんなにウキウキしてたのに……」
「いや……ニュートは受け取ってくれたさ。それはもう、嬉しそうに! 薔薇もとても喜んでくれて、ダイジにすると言ってくれたぞ!」
「それにしては……浮かない顔してません?」
「……」
「貰えなかったんです?」
 ウルハムの一言は、痛いところをさしたらしい。ベーケス2世が、「もらえた!」と声を上げる。
「うわ、急におっきい声ださないでください。びっくりしちゃうでしょ」
「……フン」
 ベーケス2世はポケットからチョコレートを取り出して机の上に置いた。
「ちゃんと、貰えた! ニュートから。バレンタインデーだから、って……」
 くるんと包み紙に包まれたチョコレートボンボン。そのあたりの売店で売っているような、素っ気ないチョコレート一粒。あきらかに、たまたま持っていたのを間に合わせで渡したような感じだ。
(あれ、おかしいなー……)
 ウルハムは首をひねる。
 ベーケス2世が、ニュートからチョコレートを貰えなかったという可能性は低いはずだ。なんたって自分はゾービナス経由で、手作りのヤツを貰っている。
 だとしたら、最低でも同じくらいのモノを用意しているのではないだろうか。
「そもそも……。そもそもの話なんですけど。2世とニュート様って、付き合ってるんですか?」
「あ? 俺たちは婚約者だが? ニュートと俺は……卒業したら、結婚するんだぞ」
「それって、2世が一方的に言い張ってるだけで……。付き合ってるとは違うじゃないですか」
「……違う? 何が違う? 付き合ってる」
「あー、付き合いたい人と結婚する人は別的な……」
「……」
 ベーケス2世は、いまいちピンとこない顔をした。
「ニュートは俺を愛してると言った! 俺もちゃんと……愛してると伝えたぞ。同じ気持ちだって」
(ニュートと2世、結構、重いこと話してるんだなあ……)
 ウルハムはちょっと生暖かい目をした。
「とにかく。俺はニュートにチョコレートを貰ったんだ。ニュートから貰えたら何でも嬉しい……。まあ、ニュートはこれじゃあ釣り合わないから、ホワイトデーには埋め合わせをすると言ってくれたんだけどな! ははは」
「……」
「ははは……はあー」
 ウルハムはおもむろに手元の包みを開け、もそもそと食べ始めた。
 手作りチョコレートを用意しているはずのニュートが渡さなかったのは……いや、渡せなかったのは、先ほど、ベーケス2世が「手作り云々はいや」とか言ったのを聞いてしまったのだろう。
(っていうか僕、ニュート様がいるからさ、起きなよーってちゃんと言ったのに……、手作り嬉しいよねってお手伝いもしてあげようとしたのにさ。2世が人の話聞かないから~)
 じぶんだけがニュートの手作りの品を貰ったことを知られたら、ぎゃあぎゃあ文句を言われるに決まっている。難癖付けてとられる前に、証拠は腹の中に隠滅してしまうに限る。
 とっとと自分の分を確保しないと残りはない。これは、血気盛んな兄弟たちから学んだことである。
(……ニュート様、まだ渡せなかったチョコレート持ってるのかな? 可哀想ー。せめて、代わりに受け取ってあげようかなあ)
 ベーケス2世は幼なじみだが、ウルハムもそこまで親切でもない。
 ところがベーケス2世は、こういうときばかりはめざといのだった。急におとなしくなったウルハムをじーっと見ている。
「……それ、誰からのだ?」
「え?」
「さっき持ってなかった包みだな。誰からのだ?」
「誰からだったかな……。ほら、僕、こう見えて、結構、貰ってはいるじゃないですか……」
「さっき、ゾービナスも同じのを持ってたよな」
「……」
「で、誰からだ?」
「はは……」

 ◆◆◆

 放課後の空き教室。
「それじゃあ、ベーケス2世には渡せなかったんだ?」
 ベーケス2世は手作りはいやなタイプらしい。
 ニュートが事情を話すと、デビイは困ったように笑ってくれた。ぽんと肩を叩くと、「また次があるじゃない」とニュートを慰める。
「まあ、手作りって人を選ぶよねー」
 ニュートとデビイは、もらったチョコレートを集めてパーティーを画策していたのだった。それにしても、次期魔界王のニュートはいいとして、デビイの人気はすさまじいものがある……。今日一日では食べきれない量あった。そっと数を数えてみると……デビイのほうが多い気がする。
 自分は次期魔界王なのに……。デビイといったらさすがである。
「それで、これ、処分しちゃうの?」
 ハート型に整形された、かなりド直球なチョコレート。ニュートがベーケス2世のために作ったチョコレートは、改めて見てみると、ぜんぜん完璧ではないのだった。表面は少しつやがたりないし、なにかのはずみで、ちょっと傾いているのだった。文字だって中央からやや右にそれていて、文字が潰れて2世だか1世だかわからない。デビイが作ったお手本と比べるとあきらかに劣る……。
 ちなみに、このお手本はデビイがニュートにくれたやつだったりする。
 ベーケス2世が、手作りを断固拒否するタイプだとか、そういうことを考えたことがなかった。いつもなんでも嬉しそうに受け取ってくれるので、気にしないタイプだと思っていた。
 これは、渡せなくてむしろ良かったような気もする。ほんとはちょっぴり泣きたくもなるけれど。
「厚みがあるから結構堅いよね。これ! どうやって食べる?」
 いっそのこと悔いが残らないように粉々に砕いて、チョコレートフォンデュにしよう。ニュートは麵棒を持ち上げる。
 そのときだった。教室の扉が勢いよく開いた。
「ニュート! それは俺の……俺のチョコレートだと思う!」
「あ」
 あ。
 ベーケス2世が息を切らせて教室に駆け込んできたのと、チョコレートが砕けたのは同時だった。ベーケス2世は粉々になったハートを見つめて、つらそうな顔をした。しかし、めげずに紙の上に散らばった欠片を集めてニュートによこす。
「ニュート。俺はニュートの手作りなら、食べる。ニュートが用意してくれたなら……ニュートが俺のために作ってくれたなら、コッチがいい。だから……」
 ベーケス2世は「あっ」と口を開ける。ニュートはチョコレートの欠片を押し込んでみた。しばらく黙って口の中で転がしている気配がある。
「……嬉しいっ!」
……美味しくなかったのか、と、ニュートが尋ねると、「変ではなかった」という返答だった。とりあえず麺棒で小突いておいた。
 感想のわりには、全部平らげるとへらへら笑っていた。

2022.05.08

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