いっこしかない
いろいろ目移りしてるニュートに余裕を出して優勝するウルハム
*カスニュ(ニュートがフラフラしています)
「ニュート様、こちら、次期魔界王への贈り物ですわ」
次期魔界王には、ひっきりなしに贈り物が届く。ニュートはおごそかにうなずき、ちらっと視線を扉にやった。3人がかりで運んだが、これがぜんぶというわけではないのだ。重要性の低そうなものは、リストにまとめて衣装室なんかにしまい込んでいる。
「わたくし以外は誰もいませんのよ。ニュート様。いつもの通りに……開けてみたらいかがです?」
フランコールに促されると、ニュートはようやくにっこり笑って、贈り物の包み紙を破くのだった。わあ、と、嬉しそうに感嘆の声を漏らしている。
危険がないようにあらかじめ検分されているから、フランコールはもちろん内容を知っている。華美なドレスやら、色をいくらでも閉じ込める宝石や……あるいは魔物らしい品々がカーペットの上に散らばる。
夢のような光景ではあるが、気は休まらないものだ。各種族のどこの誰から――どういう意味を持つものか、考えれば考えるほど想像するに重苦しいものに思える。同じドレスをわざわざ選んで贈ってくるような牽制はざらで、急に品物の傾向が偏ることもあって、ニュートの好みが魔界でやりとりされているのだろうとどうしても推量してしまうのだ。
(プレゼントをもらうにも、向き不向きがありますわよねぇ……)
じぶんだったら眠れなくなりそうだ、と、フランコールは思う。
ニュートは最初こそおっかなびっくりだったものの、もうすっかりプレゼントをもらうのも当たり前になったらしかった。あれは誰にあげようかな、とか、これはピクシーに、だとかいろいろ考えているようである。こうして見ていると、気質は根っから「選ぶ」側で、為政者なのだと思い知らされる。……振る舞いはまだまだ子供ではあるが。
ニュートは、ふと、箱に収まっていた見事な真珠を一粒目にとめて、はい、と、フランコールによこした。
「あら、きれいな真珠。ニュート様……いいんですの?」
うん、とニュートは無邪気に笑った。
***
魔界再建の貴重な休日。木漏れ日がカーテンの隙間から差し込んでいる。
「ニュート様、どの子がお気に入りなんですの?」
みんな大好き!
……ためらいなく返されて、フランコールがニュートの髪を梳かす手はちょっと止まった。
ベーケス2世は親切だし、ウルハムは優しいし。ゾービナスは可愛くて、いい匂いがするから、大好き。それにそれに……と、ニュートは続ける。スケルナイトは誰よりも強くて横顔がかっこいいし、ウィンチおねえさんは美人で、ジャンタンは可愛いし(これにはフランコールはしっかりうなずいた)、マーメルンも可愛いし、デビイはもちろんさいしょっから大好き!
半分だけ寝癖をつけたままのニュートは、にこにこしながら家臣たちの自慢をこぼしていた。
「ニュート様は、まんべんなくみなさんと仲良しですわねぇ」
しまいには、フランコールに婚約者がいなければフランコールと結婚するのに……と言ってのけるので、フランコールはちょっとどきっとした。……いろんな意味で。
「人間界でも、そういったお友達が多かったんですの?」
よくわからない、と、急にニュートの声は小さくなった。あら、そうでもなかったのかしら?
ニュートはおおむね、家臣たちからは愛されているようである。基本的に素直で、好きだというとおんなじだけ返ってくる……だけでもない。
あっちにフラフラこっちにフラフラ。最初こそおっかなびっくりなのだが、かっこいいとかかわいいとか、ちょっと面白そうだとみるや、この困った主人はなんにでも近寄っていくのだった。
(獣というか、これはもう、ちょうちょとかに近いですわね……)
そのうち痛い目にあうのでは、と、フランコールは常々思うが――いや、もう何度か遭っているはずだ。
ニュートの首筋にはガーゼが貼ってあって、その下にはゾービナスに嚙まれかけた跡がある。フランコールにたまたま用事があって、倉庫の前を通りかかったから良かったものの……。
それでもなお、不思議とゾービナスとは仲良しで、とくに関係が悪化した様子はないのだ。
なんでも忘れるゾービナスのほうはともかく、ニュートの頭の中ではいったい何がどうなっているのやら?
こればかりではない。
気が付くといつの間にか手のひらにひどい火傷の跡が増えているといった有様で、今月は何もなかったと思ってほっとしていると「このまえベーケス2世に棺に押し込まれたとき、」みたいなことを言い出すもので、ほんとうに気が休まらないのだった。
「ニュート様、魔物が怖くないんですの」、と、フランコールが尋ねると、ニュートはそろーっと目をそらし、こっそり耳もとで教えてくれた。
実はちょっと怖い、と。
フランコールは目をぱちくりとまたたかせるしかなかった。
……このあたりの図太さは、やはり、魔界王の血筋ということだろうか。
「今日はお出かけですの? せっかくの休日ですもの。ゆっくりなさってくださいね。そうだ、おやつも持って行ってくださいね。今日はどちらに? ……ウルハムさんのところに? ううん、ニュート様、今日は満月ですから……」
フランコールが言い終わる前に、ニュートはお礼を言ってあっという間にパタパタと駆けて行ってしまっていた。
(大丈夫かしら?)
ニュートは持って行ったバスケットをなくして帰ってきた。申し訳なさそうにそれを返してきたのはウルハムだった。何かあったのかもしれないし、何もなかったのかもしれない。ニュートはばったりと着替えもせずにベッドで寝こけてすやすや寝息を立てている。
このままだと、魔界が再建するまでに、誰かに食べられてしまいやしないだろうか。
***
「王冠もお似合いです。新しい魔界王様!」
フランコールが言うと、ニュートが緊張を解いて、にこっと笑った。
無事に魔界再建を終えたとき、ニュートは五体満足で、そのことにフランコールは心底安堵していた。正直、耳の一つ欠いていてもおかしくはなかったと思う。
「ニュート様も、もうすっかり立派な若者ですわねえ……」
ニュートは、魔界王から託されたという婚約指輪を手のひらでもて遊んで、じっと何か考え込んでいた。
ずっと結婚しないのはどうだろう?
「……」
フランコールは、思うところあっても意見を申し述べる立場にはないのだ。それでも、わざわざニュートに不幸になって欲しくはない。
「これは世話係の一意見ですけれど……。ニュート様。次の魔界王様がお生まれにならなかったら、みなさんが困ってしまうのではなくて?」
そっか、とニュートは素直にうなずいた。
いっしょうけんめいみんなのためにがんばります、という部分はほんとうのところで、これまた困った部分なのだった。嫌いになれない。
ニュートは、一番あいしてくれるひとと結婚しようと言って、ぴょんと椅子を飛び降りた。
それで、ニュートがウルハムを選んだのはわからないでもない。愛情表現がストレートで、いちばんわかりやすい人だと思う。変身してもしなくても、全身全霊で見えない尻尾が揺れているような気がした。結婚の報告をするウルハムさんたらとても嬉しそうで、見てられないほどまぶしいくらいだった。
お幸せに、と送り出し、けれども、フランコールは内心不安でもあったのだ。
……ウルハムさんで大丈夫かしら? と。
***
ところが、ウルハムと婚約してから、ニュートの素行は思いがけずずいぶんと大人しくなった。正確に言えば、婚約式で正式に婚約を発表してから、実に実におとなしくなってしまったのだった。
「ニュート様、どなたが好きなんですの?」
相変わらず世話係を続けていたフランコールは、せっかくだから、のろけ話でも聞いてやろうかしらとフランコールは思ったのだが、ニュートふるふると首を振り、じぶんはいっこしかないので……とよくわからないことを述べた。
「ニュートさま~!」
遠慮なく扉が開いてウルハムが飛び込んでくる。
「ちょっと、ウルハムさん! ……様をおつけするべきかしら。とにかく、ニュート様は着替え中ですよ」
「だってぇ、もう……すぐ会いたくて……」
「もう。仕方ない人ですわね」
「見てたいんですもん……」
「すぐですから、しばらくお待ちになってくださいませ」
おとなしくなった、と思ったら、ウルハムは洗濯かごのシーツを引っ張ると、すんすんとにおいを嗅いでいた。
「うふふ……ニュート様の匂ーい!」
「……あなたもさっきまで一緒に寝ていたのではなくて?」
もう隠さなくても良くなるとなると、すっかり目に毒なくらいの溺愛っぷりである。
「あはは……。ニュート様はいくらあってもいいので……」
一個しかないです、とニュートが早口に言った。
「?」
若干どういう意味なのかひっかかったが、問い直すまもなくウルハムの方が気になった。
「あのー、フランコール。お仕事中、これ持っててもいいですか?」
「ええ?」
「僕ニュート様がないとシゴトできないし……っていうか、僕たち、新婚さんだし。ニュート様の横にいたいんですよね。なるべく! 常に!」
「実物があるじゃないですか。はい、終わりましたわよ」
「ニュート様ー!」
着替えを終えたニュートのところにウルハムがすっ飛んできて抱きしめて頬ずりし始める。ニュートはいやそうという訳でもなくて、ウルハム、近いよと言いつつ幸せそうではあったのだった。
……つまり、ニュートの器よりもウルハムの愛のほうが大きいということだろうか?
「破かないでくださいね。せめて夜までは……お着替えも出しませんからね、ウルハムさん」
「ああ~……ニュート様! 大好き! ニュート様が人狼になってくださってほんとうによかった。無種族だったころはー、僕もういつ抱き潰しちゃうか気が気じゃなくて……はは……」
ニュートが一瞬静止する。恋のおびえと幸福が混じりあったような目でウルハムを見つめる。
「僕のニュート様、ぜーんぶ僕の!」
2022.07.28
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