インタビューウィズ……。

*原作未登場の吸血鬼視点

 この魔界にも、人間界と同様、新聞などというものがある。力こそすべてとばかりに、ロクに文字を読まないような魔物たちも多いが、新たな魔界王は多くの学院を建て、なるべく魔物たちを啓蒙するというお考えのようだ。何にせよ、物事を知らしめるには新聞はよい手段だ。
 次期魔界王と次期吸血鬼の長の婚約を広く知らしめるべく、インタビューが行われることとなった。
 以下はその様子である。

 ◇

 ニュート様は緊張した面持ちをしている。背筋を伸ばして、両ひざに手を揃えていた。お行儀は良いが、威厳はあまりないといえよう。隣にいる次期吸血鬼の長のほうが、よほど威張って見える。次期吸血鬼の長こと我らがベーケス2世は、長い足を組んで横柄に椅子に座っていた。アンティークの椅子や伝統的な服装は、吸血鬼の格式と良く合っている。
 暗室から出てきた撮影係が、木製のカメラをセットした。ガラス板に薬品を塗るタイプのカメラ。アコーディオンのような蛇腹がくっついているのを、ニュート様が目を丸くして見ていらっしゃる。
 レンズを向けると、ぐ、と肩に力がこもったように見えた。
 次期吸血鬼の長は、おもむろに次期魔界王の二の腕をきゅっとつまんだ。
「そんなに緊張しなくていい、失敗しても取り換えがきくから」
 次期吸血鬼の長の一言に、撮影係はたしかにぴしりと凍り付いたし、わたしはごくりと唾をのんだ。取り換えがきく。まさしく。進退きわまりである……。
 次期吸血鬼の長はニュート様の洋服の襟を直してやって、隣からすっと離れた。写真に写るのは、ニュート様だけだ。
 不意に、ニュート様がにこっと笑ったので、わたしの後ろに立っている次期吸血鬼の長の表情も想像がつく。笑っているだろうか? ……おそろしくて振り向く気にはならない。
 数十秒。
 もういいですよ、と言うと、ニュート様の緊張がぱっと和らいだ。
 人間界には、もっと手軽に写真を撮ることができる機械もあるらしい。けれどもどうせモノクロになるのであるし、吸血鬼たちにとってはこちらのほうが馴染みやすいことだろう。
 写真の撮影が終わると、次期吸血鬼の長はニュート様の隣に座り直す。ニュート様が、次期吸血鬼の長の袖を掴む。それから、ぽんぽんと手をとり確かめるようにして、隠すように両手で持って膝の上に添えた。
「なんだ、ニュート、俺はここにいるぞ……うん、これからもずっと、だ!」
 愛嬌を振りまく次期吸血鬼の長のすがたは、なんとも形容しがたいものがある……。なんたって、ベーケス2世はいつも不機嫌である。
 何を聞かれるのかな……と、ニュート様が緊張した面持ちでこちらを見ている。直視するわけにはいかない。次期吸血鬼の長のすっと冷えた視線が、こちらを見すえている。

Q これから我々の一族に加わることをどう思っていますか?
A 吸血鬼になっても大丈夫なように、いまのうちにご飯をたくさん食べている。

 ……思わずメモをとる手が止まった。ご飯を? 少し得意そうに、ニュート様は付け加える。吸血鬼は食べられるものが少ないから、今のうちにたくさんの食べ物を食べておいて、きちんとどのようなものだったか覚えておくつもりである、と。
 これは記事にはできない。まるで吸血鬼が不自由な身の上であるかのような言い方だ。
 次期吸血鬼の長は咳払いをすると、羽筆を手に取った。さらさらと紙に書きつけて、メモを寄越す。
『吸血鬼になることはこの上ない喜びである。新たな文化に慣れるため、努力を惜しまないつもりがある』
 なるほど、こちらを採用しろということらしい。わたしは頷いて、メモを慎重に取材のノートに挟んだ。ニュート様は真剣にお気に入りのチョコレートについて熱っぽく語っている。わたしはウンウンと頷き、メモをとっているフリをした。
 すると、ちょっと緊張がほぐれてきたのか、ニュート様はいっしょうけんめい話しはじめた。……人間界の、リボンのついた箱に入ったトリュフチョコレートがお気に入りだった。テストの成績が良かったりするとご褒美に、毎日一粒一粒……。ふと、長の方を見るとじいっと聞き入っている様子があったのだが、はっと顔を上げるとこちらを睨んだ。
 暗に言っている。『そんな阿呆みたいなことは載せるなよ』、と。わかっている。わたしだって、自分の命は惜しいのだ。
 最後に、ニュート様は「吸血鬼になっても、好きなものが好きなままだと嬉しい」とはにかんだ。わたしは「きっと嗜好が広がりますよ」と当たり障りのないことを言っておく。

Q これからの魔界について教えてください。
A みんなのためにがんばりたい。
いろんな種族がいるとにぎやかで楽しいのでうれしいと思う。よろしくお願いします。

 こんどは、わたしはメモをとることはなく、なるほど……という顔をしながら隣の吸血鬼の返答を待った。さらさらとメモの上に神経質そうな文字が走る。
『裏切り者どもを片づけたことで、この魔界は盤石なものとなった。
首(こうべ)を垂れるなら、たとえ吸血鬼以外であれど、席は相応に用意する意向はある』
 次期吸血鬼の長が長々と紙に書きつけるのを、ニュート様はじっと見ている。ただ、読んでいるのかは不明である。意訳をすっとばしてほぼ長の意見となっているはずの長の書きつけは、自身の発言よりも明らかに長いはずなのであるが、字がきれいですごいなあ、という顔をしている。それか、羽ペンが珍しいのか。
 これからの支配はベーケスのものになるのだろう。

Q どのように求婚をし、また、受け入れられたのか。

 いくらか政治的な話題のやりとりをしたあと、個人的な興味を尋ねてみる。
 あきらかな政略結婚に違いないから、聞くも無駄だとは思っていたのだが、気になっていたことの一つだ。
 この結婚は、どうにも親同士の決め事ではないらしい……。無論、背後で大いなる意図が働いているのは間違いがないのだが、魔界王はどうやらニュート様には望みの相手と結婚させてやりたいという方針だった。
 話を振ると、ベーケス2世は大げさにかぶりをふった。
「ああ、それについてはダイジだ! 俺はニュートと結ばれたことを知らしめねばならない。それというのも、城にやってきた俺が……」
 ニュート様は頭に「?」を浮かべていた。次期吸血鬼の長が言う「婚約」というのは、ニュート様にとっては、まだ言葉もおぼつかないような幼児の頃の話なのだ。
「ニュートが俺の申し出にムニャムニャと頷いたとき……」
 なんとも返答に困るセリフではあった。だが、とりあえずうなずくことはできる。ニュート様も首を傾げながらも、コクコクとうなずいているのだった。
 次期吸血鬼の長の演説は長々と続き、取材のノートは彼の言葉で埋め尽くされていった。ちょっと飽き始めたようで上の空になりつつあった。そろそろしめくくるべきか。
 最後の質問をした。

Q この婚姻をどう思うか。

 ニュート様は耳を赤くして、言葉につまった。こんどは次期吸血鬼の長が身を乗り出し、雄弁に口を開いた。
「かねてからこうなることは決まっていたのだから、俺は魔界の住民のためにも、これが最良の形であると確信している。これ以上の選択はありえないはずだ。……そうだろう、ニュート?」
 うん、と、ニュート様は頷いた。
――愛している人とずっと一緒にいられるから、とっても嬉しい。
 不意に。目の前で羽ペンがしなり、びしゃっとインクが跳ねた。手を触れられてもいないのに羽ペンの軸は不自然に曲がった。
「ああ。ああ、俺も愛してるぞ! モチロン!」
 間髪入れずに、よどみなく返してはいたが……。
 あ。今、長は、なにか間違ったのだな……わたしは思った。一つずれたテストの解答欄に終わり際に気がついて、急いで書き直したかのようだった。
 ニュート様ははにかんで、ぎゅっと次期長の腕を取る。大好き、というと、次期長もまた呆けたように同じ言葉を返した。
 さて、このさいごの下りについては、わたしはまとめるつもりはない。公開するつもりもないだろう。しかし、いったいどういう意味があるのかも知れず、お蔵入りとなったのであった。
 ただ、そのページにはインクの跳ねたノートの染みが残っている。吸血鬼の『失敗』が。

2022.04.07

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