アイロンかけなおし

*カスニュ(9股未遂)
ちょっととばっちりウルハム

(あ、ゾンビ、ゾンビと、魔女一族……)
 城下町の賑わいを眺めながら、ウルハムはぼんやり見張りに立っていた。
 魔界の再建を果たして数か月。
 新たな魔界王が立ったあとも、魔界のトラブルは尽きることはない。新魔界の残党はしぶとく生き残っていて、先日も暴動が起こったばかり。なんとか鎮圧したものの、先の魔界王が消えてしまったことで、魔界は緊張に包まれていた。
 いつ、どこで、騒ぎが起こるか分からない。ということで、警備の手を増やすようにとのお達しで、ウルハムは警備に駆り出されたのだった。
(ああ、帰りたい。そりゃ、やれって言われたら見張りだってやるけど、僕が立ってたところで、何が変わるってわけでもないし……)
 城下町は自分より強そうな魔物の方が多いのだ。
 なるべく目立たぬようにしながら、ウルハムは因縁をつけられないようにうつむいていた。そうすると(わざとじゃなくても)自然と自分より小さいものに目が行くわけであって、別に、サボってるわけではない。
 と、そこへ……。
 なにやらちょろちょろとうごめくすがたを見つけて、ウルハムはぱちくりとまたたいたのである。
(あれ? ニュート様??)
 まさか、魔界王ともあろう存在が、ここにいるはずがない。魔界王は城で石炭を増やしているはずである。
 しかし、匂いには覚えがある。人目を気にしつつも、危なっかしくささっと抜けていく背中を追いかけ、ウルハムは声をかけてみることにした。
「あのぉ、すみません……もしかして」
 人影はぎくうっと身をすくませた。
「うん、やっぱり、ニュート様ですよね? どうし……」
 ニュートはマントの下でごそごそすると、それから思いっきり何かをポイっと投げた。
「! あっ!」
 それはとても良い感じの棒だった。思わずウルハムは放物線を追った。そのすきに、影は駆け出していった……。

***

 枝の投擲で隙は作れたものの、それくらいでウルハムをまくことはできるはずもなく……。というよりは、即座に棒をキャッチしたウルハムからの突進を浴び、お忍びの脱走魔界王はあっけなくつかまった。
「魔界王が勝手に外出するなんて、前代未聞だぞ……ニュートよ……!」
 王座に戻されたニュートは、伴侶のベーケス2世にくどくどとお説教されていた。
 魔界王の権力も形無しである。先の魔界王であれば絶対に起こりえない光景だ。
「何? 買い物? 市に行きたかったって? 欲しいものがあったら買えばいいだろ。魔界王なんだから……何が欲しいんだ?」
 猫撫で声を出すベーケス2世に、ニュートはふんと鼻を鳴らした。
 いっぺんベーケス2世も暗い所に閉じ込められて、一日中石炭を増やすお仕事をしてみたらいい。
「俺に……なんだって?」
 じっさい十五年間ぐらいは棺に閉じこもっていた吸血鬼はニュートの頬を軽くつねった。
「なんだってー? よく聞こえなかったなあ?」

 ベーケス2世と結婚してからというもの、ニュートの日常は急速につまらなくなってしまった……。
 魔界を再建し終わったのだから、これからは遊びたい放題の素敵な日々が訪れると思っていたのだが、とんでもない勘違いだった。魔界王が去った今、比べ物にならないほどに忙しく、「せめて次期魔界王が生まれるまでは……」と、なかなかお外にも出してもらえないのだ。
 たまにベーケス2世と一緒に数時間ぶらぶら散歩するだけで、「はい、おしまい」と言われて、くいっと指を振って、あとはベッドにどーんである。
 新魔界がいたときのほうがよかった。
 部屋まで念力で飛ばされたニュートは言った。
 これを言ったらかなり台無しだし、みんなに悪いので人前では言わなかったけれども、ふたりきりなら愚痴の一つもでようというものである。
 新魔界いたときのほうが、よかった!
 ニュートは強く主張したが、ベーケス2世は聞かないふりをした。
「来月になったら、なんとか城下町に連れてってやるから、今日はおとなしくしていなさい。何でも買ってやるから。な?」
 さも気前の良い口ぶりだが、ニュートの方が立場が上なのではあるまいか。ニュートは釈然としなかった。

 ***

 次の日。
 ニュートは、もちろん伴侶の言いつけを破ってお城をうろうろしていた。
 ニュートだって魔界王らしいことがしたい。ただし、石炭を増やす以外のことだ。そのあたりの難しいことは、ベーケス2世が一切を取り仕切っている。
 ニュートの勘が告げていた。
 今日はなにか、ある。
 ベーケス2世が、絶対に今日はお外に出ないようにと言っていたのだ。今日は石炭も増やさなくていいと……。
 お城中が、なにやらちょっとばかり浮かれた雰囲気である。いったん魔物もすべて呼び戻し終え、しばらくは召喚も小規模なはずなのだが……、果たして? それに、せわしなく料理が運ばれている。ゴブリンたちの列に紛れて、ニュートはキッチン紛れ込んで聞いてみる。何があったの? ぎゃあぎゃあいうゴブリンたちの答えは判然としない。
「あら、うふふ。テューポンとルシファの横暴にたえかねて、新魔界から逃げていたひとたちが、ようやく戻ってこれたんですわ」
 聞きなれた声だ。ニュートは少し焦った。厨房の奥で、鍋をかき回しながらフランコールが言った。彼女は、ニュートには気が付いていないようだ。……厨房は湯気が充満していたし、下を見ないと目も合わない……。
「それで、みんなでお祝いしようってことになったんです。でも、ニュート様は体調がお悪いらしいので、出られないそうですよ。はい、このくらいでいいかしら? じゃんじゃん運んでくださいなっ」
 ニュートは慌ててその場を抜け出した。
 具合が悪いだって?
 ぜんぜん、そんなことはない。
 パーティーに乗り遅れるだなんて、とんでもないことだ。
 ニュートが魔物の群れをかき分けて進んだ。がやがやとしたホールには魔物たちが並んでいた。奥の方に、伴侶の姿が目に入る。やる気のない顔で拍手している。お祝いムードにしては眠そうだった……。ベーケス2世はニュートに気が付き、ぎょっとすると、慌てて指を動かそうとする。
 そうはいかない。
 と、ニュートが思った瞬間だった。
「魔界王様!」
 ゆっくりと、いろいろなことがスローモーションになった気がした。
 吸血鬼になっても、魔物というのはニュートよりもずっと強い……。

 駆け寄ってきた男は、どんとニュートの背を押すと、腕を回して、
「ニュートサマ、バンザイ!」
 と、ニュートにハグをした。
 それだけだった。

「それでな、ニュート。この人たちは、テューポンのところからようやく戻ってこれたそうだぞ」
 青年は恋人と引き裂かれ、テューポンのところに召し上げられていたというのであった。ニュートが新魔界を倒して、魔界を再建できたので、無事に恋人と再会できたのだという。
「なにもかも魔界王のおかげです! 僕たち結婚するんです。ありがとうございます、ニュート様」
 手放しに褒められて、ニュートは、くすぐったくも誇らしい気持ちになる。
「新魔界がいたころがいいっつってたくせに……」と言っているベーケス2世のことは、この際無視することにする。こんなお祝い事に呼ばないなんて、ひどい。
「これだって別に正式なものでもないし。ニュートは忙しいんだからな。別にいちいち魔界王が対応する必要はないだろ? わかったわかった。悪かった。はい」
 ベーケス2世はニュートの機嫌をとるため、しきりにチョコレートケーキを口に入れてくれる。美味しい。糖分があると、頭がよく働くような気がする。

 ……。
 ニュートは疑問に思った。
 ベーケス2世は、どうしてこれを隠しておいたんだろう……。
 もう一人あいさつしたいという魔物がやってきて、はたと、ニュートは気が付いてしまった。

 部屋に戻ったニュートは、早速紙の前に向き合っていた。
 お礼を言いにくる魔物たちは、次から次へと現れた。
 テューポンやルシファが召し上げていた魔物たちはたくさん、それはそれはたくさんいた。
 恋人をたくさん持つのはよくないことだ。
 だから、標準的な人間と同じ思考回路を持っていたニュートは考えもしなかった。
 でも、ここは魔界だし、魔界王というというのは、つまり、魔界で一番エラいということだ。一人にきめることはないのではないだろうか。
 行動力とお休みの日の行動回数を、特殊な計算式に当てはめてみた。答えが出たが、まさか、そんなはずはと思って、ニュートは慎重に計算しなおしてみた。結果は同じだった。変わらなかった。9人くらいまでならいっぺんに付き合えることがわかった。
 9人!
 ニュートは指折り数えながら考える。
 これは驚くべき数字である。
 ニュートだって、なにも、愛し合っている恋人同士を無理やりに引き裂くようなことをするつもりはない。ただ、かまってもらえないあいだちょっとちやほやされたいだけなのだ。それに、さいきん、ベーケス2世が調子に乗っている気がする。吸血鬼になったので、安心してニュートをほったらかしている気がする。
 この9人をどうやって分配して、どこでお休みをとるべきか……。
 さらに綿密な計画を立てるため、一日のスケジュールを午前と午後でせっせとに分割していると、首根っこを何かにつかまれた。なんか覚えがあるな、と思っていると、ニュートの体は窓から飛び出し、ぴゅーっと中庭に飛んで行った。

***

「2世、ニュート様がこの辺にいたと思うんですけど……」
「知らん」
「あの。匂いはするんだけどな。あ、ほら、どんどんって……聞こえ……」
「そうか? 俺には何も聞こえないな」
「あの……」
 ベーケス2世はやたら大きい棺桶の上に、不機嫌そうに腰掛けている。棺桶は開けてー、と騒いでいるが、気の毒だがウルハムにはどうしようもない。
「……」
「え? 何? 5人までにするって? そうか、半分になったな! ……いいわけあるか! しかも、端数を切り上げやがって、この……」
「あっ……」
 庭の手入れじょうろが動いて、水が容赦なくじゃばーっと棺桶にかけられている。ウルハムはもちろん、見てみぬふりをすることにした。ちょっとは気の毒だったけど。

2023.10.06

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