ニュートが上流から流れてこない

*童話パロもどき(白雪姫)
*オールキャラ/ウルハムとニュートが恋人同士

 魔界のお城の玉座には、すがたの見えない魔界の王が君臨しているということです。いまの魔界の王様は、とても強力な魔法使いで、吸血鬼からゴブリンまで、数々の魔物たちを統べています。人間界よりも薄暗い魔界の大地は、絶え間なくオーの炎というとくべつな炎で照らされています。
 限られたくらやみを分かちあいながら、城にはたくさんの魔物が暮らしておりました。

 魔女一族のウィンチは、スカートを持ち上げてくるりと鏡の前で回りました。スカートのすそがふわりと広がって、揺れる豊かな黒髪から血の色のピアスが覗きます。
 ウィンチは美しい魔女でした。
 魔法の鏡だって、きっと文句なしにそう言うでしょう。
 けれどもウィンチが知りたかったのは、そのままを写し取るただの鏡……ではなく、一人の騎士の目にどう映るかなのでした。
「どう? 似合ってる?」
「もちろんさ。よく似合っているよ。きみが道を歩けばみんな振り返るだろうね」
 スケルナイトは端正な横顔で答えました。スケルナイトは、大切な武器の剣身を羊毛で拭いて手入れをしているところでした。日に透かすと、柄にはまった宝玉がきらめき、複雑な色合いを閉じ込めます。それに、満足そうにわずかな笑みを浮かべました。
「きみだってみただろう。あの出店のゾンビのぽかんとした顔を。あれはきみに見とれていたんだろうね。ほら、串焼き屋におまけもして貰えたじゃないか。あれはきっとウィンチ様の見目がうるわしいからだろうね。それに……」
「……」
「と、そろそろ見張りの交代の時間だな。俺はいくよ」
 ウィンチが欲しかった答えは、それではありませんでした。言葉だっていらなかったのです。ただ視線を向けてくれればよかったのに、スケルナイトは剣ばかり見ていて、一瞥だってくれやしなかったのでした。



 新しく城にやってきた次期魔界王の存在は、ウィンチにとっては憎らしいものです。魔女一族に生まれながら、魔女一族ならざる次期魔界王。無種族のくせに、魔界王の力を持っているというだけで、我が物顔で城を歩いているのですから……。
……ほかにもいろいろと思うところはあるのですが、それはさておき。
「ええっ、殺すんですか?」
 ウィンチに呼び出された人狼一族のウルハムは情けない声を上げました。
「そうよ。殺してきてちょうだい。あいつ、次期魔界王っていっても、能力は人間と変わらないんだから。人狼なら殺すのはカンタンでしょ? 呼び出してさくっとやっちゃいなさい」
「いや、あの、ええと。僕はたしかに人狼、ですけど……僕って殺すとか、そういうのあまり得意ではなくてー……」
「文句があるの?」
「な、ないです……」
 ウルハムは消え入りそうな声で返事をしました。上から命令されれば、人狼は断れないものなのです。
「ああ、死体は持って帰ってこないでね。いらないから。処分して。ぜんぶ。細切れにしてセイレーンの撒き餌にでもしておいてくれる?」
「え? あれ? いいんですか。たしか、台本では……」
「何か文句ある?」
 きっと睨まれ、ウルハムはめいっぱい縮こまります。
 ウルハムの口ぶりは自信なさげではありましたが、図体の割には大変に獲物を追いかけるのがうまいものです。食料を調達させたら右に出るものはいません。
「わかりました……。とりあえずやるだけやってみますけど……期待しないでくださいね、ほんとに」
「いいから、とっとと行け」
 ウルハムは狩りへと出向くのでした。

***

 来ない。
 待てども待てどもニュートが来ない。
「どういうことだ? ニュートはまだか?」
 待ちぼうけを食らっていた小人たち――もとい、家臣たちが、小人の小屋の前で滞留している。来るはずのニュートがあまりに遅すぎて、小人どころか魔女、果ては、婚約者ふたりまでが予定外にたまっているのだった。
「邪魔してやろうと思ったのに! こーなーいー!」
 マーメルンが文句を言いながら、尾でばしゃばしゃと水面を叩いている。
「ちょっと、わたしにかかるじゃないですの! せっかく髪をセットしたのに! 濡れたら台無しですわー!」
「知らなーい! きゃはは!」
 ベーケス2世は懐中時計をにらみ、それから鋭い視線をジャンタンに移した。
「おい、俺はもう一時間もこうして待ってるんだぞ。どうなってる?」
「ぼ、僕に言われても……あの……困りますよ! だって……」
「はやくニュートちゃまを呼んできなさい、この役立たず!」
「うう……」
 ベーケス2世とゾービナスに詰め寄られ、ジャンタンはだいぶ及び腰になっているが、さいわいフランコールがいるのでつるされずにはすんでいる。ひょいとジャンタンを持ち上げると、いちばん大きな小人はにっこりと微笑んだ。
「まあまあ、お二人とも。落ち着いてくださいな。ウルハムさんが一緒のはずですから、大丈夫ですわ。きっと……」
「ったく、『人間界でやるはずだった劇がしたい』って言い出したから、俺たちが付き合ってやってるのに……。なんなんだ。どうして来ないんだ。あいつ……どこをほっつき歩いてんだ?」
「ニュートちゃまが来るって言うから! わたしはー、お姫様ー♪ やりたかったのに!」
「っていうか……ニュートは次期魔界王だっ。姫ではないだろ!」
 それを聞いていたスケルナイトが、ふっ、と鼻で笑い、ベーケス2世がいらだちまぎれに念力で台本を投げつける。スケルナイトは一歩下がってそれをかわしてただ眉をひそめるだけだった。
「引っ込んでろ! お前はもう出番おわりだろ! 城にもどれ、城に」
「私は何も言ってないのですが……。けんかっ早いですね。魔物は」
「あはは。お姫様っていうか……ニュートは主役がやりたかっただけだと思うよ。アレで結構目立つのが好きなんだ。緊張しいなのにね。なんでもやりたがるんだから。昔から……ううん、なんでもない」
「ちょっと! いいところでやめないでよー! 弱み握って脅しつけてやるんだから! カスニュートの情報を吐け―!」
「また今度ね、マーメルン」
 スケルナイトが一瞬だけデビイを睨んだので、デビイは口を閉じたのだった。
「わたし、ニュートちゃまのためにぃ、とっておきの口紅にしたのに!」
「俺だって……ニュートのためにちゃんと棺桶も用意したのに……」
「すっごく鮮やかなヤツ!」
「すごく頑丈で空気穴だって……ところで、キスで起きるってどういうことなんだ? そもそも……」
(いやだなあ……棺桶を用意してる王子って……ぜったいなんか事件性があるよ……)
 ジャンタンは懸命だったので、口に出さずに心の中でそっと思っているだけだった。
「僕、ちょっと呼んでこようか?」
 切り株から、デビイがおもむろに立ち上がったが、ウルハムがやってくるのは、それと同時だった。
「あーっすみませんすみません。お待たせしました……」
 何やら不穏なデビイの気配を察したのか、たまたまなのか……とにかく、ウルハムが向こうから駆けてきた。ニュートは肩車されていて、手を振っている。
「犬!」
「駄犬!」
 あげる、とニュートが上から花冠を放ると、ゾービナスがぴょんぴょん跳ねる。
「きゃー、ニュートちゃま、いいんですの!」
 どうやらほんとうに、花畑で道草を食っていたらしい。
「……。ニュートはいい。なんでお前が一緒に来るんだ?」
「え? いや、だって、遅れそうだったから……」
「……。長いこと何してたんだ」
「お、……おいかけっことか……」
「おいかけっこぉ?」
「つい……」
 ウルハムがさっとかがんでニュートを押し出すと、ベーケス2世の勢いが弱まった。さいきん覚えたわざである。ニュート様ガード。
「2世のぶんのお花もありますよ! ね、ニュート様」
「ふうん? ……ありがとな、ニュート!」
 ウルハムはニュートの後ろに隠れるのを忘れないようにしながら、そろそろとニュートを地面に立たせてやった。
「やっぱり僕、お話のなかでも恋人を死なせちゃうのはちょっと抵抗があるしなあ……」
 家臣たちが一斉にウルハムを見た。
「あっ。いや、そういうアドリブというか……アレンジというか。別に……その。ゴカイ、いや、ゴカイではないんですけど、あーっ!」
 つり上げられるウルハムの影が小さくなっていくのを見ながらニュートは「もう日が暮れるのも早くなったなあ」と思うのだった。

2022.09.24

back