吸血鬼のマント

「ちょっとちょっと、なによそれ?」
 ばさーっと両手を広げ、ニュートはマーメルンに新しいマントをアピールする。それから、良く見えるようにくるっと回って見せた。
 いいでしょ。
「見せびらかせって言ったんじゃないっ! なによなによっ、別にぜんぜん、立派に見えないんだからね!」
 ニュートも、魔界にやってきてしばらく経った。だんだんとマーメルンの扱いがわかってきた。マーメルンはいつもニュートを喰ってやる、というけれど、水から這い上がってくることはないから、ある程度距離を取っていたら大丈夫……以前、そう思って油断してたら足を滑らせて水に落っこちた。ニュートは膝を擦りむいただけですんだ……どころか、岸べに押し出され事なきを得た。
「あんときは! たまたま腹がすいてなかったのっ! たまたま! ……で、なによそれ?」
 吸血鬼のマントだ。
 これは、人間界に帰る吸血鬼からもらったものであった。
 どうしても人間界に帰りたいと言い出した吸血鬼。人間界にとても大切な人がいて、こっそりと、一族の誰にも知られぬように帰りたいのだという……。召喚の部屋に入り込もうとして、警備の兵士にとっ捕まっていた。スケルナイトが剣の錆にするまえに、ニュートがたまたま通りかかった。彼は吸血鬼にしては珍しく助命を嘆願したのであった。
「じゃあ、帰っていいからなにかちょうだい」とお願いしたら、これを脱いでいったのだった。
 チョコレートか何かくれればいいかなと思っていたのだが、身ぐるみをはいでしまった形になる。
 あの吸血鬼は上手くやっているだろうか……。よく見るとこのマントにはきれいな刺繍がしてあった。もしかして、あの人の恋人がお仕事したのだろうか。触り心地もなかなか良い感じである。
 いる?
 じーっと見ていたマーメルンに、ニュートは裏地を見せつけた。
「いらないいらないっ! 水の中でマントなんて、着れるわけないでしょ! ちょっとは考えろカスニュートっ!」
 ニュートは良い感じの岩に登ってはジャンプ、登ってはジャンプを繰り返していた。
 ベーケス2世は空はマントでは飛ばないとは言っていたが、さてどうだろうか。何事も自分の身体で確かめてみるべきである。もしかすると飛べるかもしれない。そうしたらわざわざ吸血鬼にならなくても空を飛べるかもしれないのだ。そうしたら、ベーケス2世を人間界に迎えに行ける。
 ちょうど、ニュートとマーメルンの頭の上を、箒に乗った魔女がぴゅっと滑って行った。
「はんっ、そんなんで飛べるわけないっての! ……ケガしたら喰ってやるからねっ」
 マーメルンはそう言っているが、さっき、なんだか風を捕まえてちょっと高く飛べた気がする。もうちょっと高いところから飛んだら、もしかすると、もしかするかもしれない。
「ちょっ、さすがにあぶな……」
 思えばそこそこの高さだった気がするが、ちゃんとふわーっと浮き上がった。
 やっぱり、吸血鬼の秘密はマントにあったのだ。ベーケス2世は嘘つきのかたまりじゃないか……。
 と、ニュートが失礼なことを考えていると、ちょうど本人がやってきた。同じ目線でふわふわ空を飛んでいる。
「おっ、ニュート。どうしたんだ? 上手じゃないか。ニュートには吸血鬼の才能があるのかもな。天才!」
 ……。
 ベーケス2世が「いいね!」の逆みたいな動きをすると、ニュートはぐるーっと回転する。
「で、ニュート。そんなことは一切なくて俺が浮かせてやってるわけだが」
「降りてきなさいよーっ!」
 足元ではマーメルンがばしゃばしゃしていた。
 降りたいです。
 ニュートは言ったが、ベーケス2世は顎に手を当てて、すうっと目を細め、何やら考える仕草をした。わざわざ空中でしなくてもいいくらいに、わざとらしい仕草だ。
「ニュート、お前、俺の言ったこと信じてなかったろ。マントで飛べるって? ふん。まあ、それはいいけどな……それはいいんだ」
 振り子時計のごとく左右にぷらぷら揺らされてしまう。マーメルンが慌てて潜ったり顔を出したりしている。
「ニュート、それ、誰のマントなんだ? 誰からもらった? 今正直に言ったほうがいいんじゃないか? ニュート。吸血鬼のもの、だよな?」
 ベーケス2世は機嫌が悪そうだった。
……別に言ってもいいけれど、一応、帰っていいよと言ったのは自分だ。
 ニュートが黙っていると、ニュートはちょっと吊り上がった。
 さすがにこの高さからたたきつけられたら無事ではすまない。
 でも、ニュートはちっとも怖くなかった。ベーケス2世は、ニュートを落とさないに違いない。残念ながらニュートは覚えていないが、小さい頃も、一度だってそんな意地悪されたことはないはずだ。マーメルンがニュートをペロッと平らげたりしないように、ベーケス2世だってしない。もしもベーケス2世にその気があれば、ニュートはいつでもぺしゃんこになっていたはずなのだ。ニュートを引っ張る力がなくなって、地面に激突する前にゆるーくなる。やっぱりちゃんと着地させられる。
「……はあ~……」

***

「なーんだなんだ、追いはぎしたのか!」
 ニュートがマントを手に入れた経緯を話すと、ベーケス2世はすぐに機嫌を直した。
 追いはぎじゃない。もらったのだ。次期魔界王を山賊みたいに言わないでほしい。
「いや、ならいいんだ。ほら、ほかの吸血鬼から上着とか借りたりして、ニュートが迷惑かけてたら、俺もそいつに礼をしないとならないだろ? 俺、ニュートの婚約者だし! 次期吸血鬼の長だからな。やられたことは、ぜーったいに忘れないのが吸血鬼一族だ」
「迷惑! 迷惑!」とマーメルンがばしゃばしゃ水をかけている。「今迷惑だってのー! きいーー!」
 ベーケス2世はニュートのマントを勝手に広げて、水しぶきを勝手に防いでいる。ニュートは、せっかくもらったマントをぐしょぬれにされた。
「まあまあまあ。そーんなにマントが欲しいなら、俺からおそろいのを贈ってやるぞ!」
 それはうれしいけれど、1世とお揃いになるのはいやだ。
 ニュートが言うと、ベーケス2世は黙るしかなかった。

2023.03.06

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