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終わった試験の傾向と対策

*雑学パロ
*スケルナイトさんの文脈を擦っている

 うつらうつらしたまどろみからベーケス2世が目覚めたときには、映画館のスクリーンにはおびただしいく列をなす人名のリストが映し出されていた。
 エンドクレジットを眺めながら、ベーケス2世は思ったものだ。
 よくもまあ、これだけの人間を集めてくだらない映画をつくるものだ……、と。
 ぐっすり寝た。たいした映画じゃなさそうだったので、惜しみなく寝ることができた。ベーケス2世があくびをしながら、体をほぐして目元をぬぐっていると、隣のニュートの目にも涙が光っているのが見えた。
「ニュート。こすったらいけないぞ、ほら……」
 顔を上げたニュートは、ベーケス2世をみて目を丸くした。ベーケス2世が泣いて見えるとしたら単に「眠い」以上のものはないのだが、ニュートは自分と同じように感動しているのだと思って、ほのかな連帯を見いだしたのだろう。ちょっとはにかんで、宝物をしまうように笑った。ベーケス2世は即座に方針を換えた。
「いやあ……ニュート! 面白かったよな……面白かった。うん、面白かったよ」
 ニュートはベーケス2世には退屈だと思っていた、と述べた。
 それがちょっと意外で、ベーケス2世は、案外ニュートは俺のことをよく見ているなと思った。

「また来たいなあ。ニュートと一緒に……」
 さんざん適当を述べていたが、これは本当だ。たぶん本当だと思う。
 スマートフォンの電源を入れると、位置情報がオンになった。ベーケス一族の掟は厳しいが、ニュートとのお出かけなら、いくらかの自由は許される。
 ニュートと付き合うっていうのは、一族の利益にかなうことだからだ。だから……。
「ニュート、まだ時間があるなら喫茶店にでもよらないか? 俺は父上の言いつけで外食できないが……、一緒に行くのは問題ないんだ。ニュートが食べるところは見ていたいな。ほら、なーんでもおごってやるから!」
 親切ぶって言うが、もうちょっといたいというのが本音だった。
 門限はもとより、たとえ婚約者相手でも、正式に結婚するまでは、と、手を握ることすら許されていない身の上だった。まったくもってため息が出るほど健全な学生生活である。
「……もちろん帰りは送っていくからな!」
 できうる限りの延長の手を打っているベーケス2世の心も知らず、ニュートはパンケーキに載ったブルーベリーをフォークの先で転がしつつ、熱っぽく映画の感想を語っていた。
 ベーケス2世にとっては冒頭の15分を見ただけでどうでもよくなるような映画だったが、もしかすると途中からはほんとうに面白かったのかもしれない……と、1mmくらいは思わないでもなかった……、が、世間はおおむねベーケス2世の味方らしい。先ほどからカンニングしているレビューは、どれもひどい評価ばかりだ。
 このきらきらした情熱が自分に向けられたらいいのになあ、……と思うとちょっとつまらなくはなったのだが、まあ、でも、俺とのデートだし……と部分点を差し引きしてやっていたが、ニュートが、「ヒロインの相手役がほんとうにかっこよかった!」、と述べたので、ベーケス2世は映画のことが急に全部きらいになった。さっきまでは本当にどうでもよかったのだが。
 ベーケス2世の気も知らず、ニュートはため息をついて言うのだった。
 ああいう風にプロポーズされてみたい……。

***

「え? 映画ですか……僕と??」
 ベーケス2世にチケットを叩きつけられたウルハムは困惑した。普段であればまったく構ってくれない幼なじみが、唐突に映画のチケットをよこしてきたのだから、困惑は当然と言えるだろう。
「いや、だって……これ。ええー。映画? 映画……はいいけど……恋愛映画じゃないですか……しかも、ええと。うーん、その。結構……評価が割れてるヤツ……」
「そうだが?」
「2世、映画行きたいんですか? 僕と?」
 へへ、とむやみに照れをにじませる幼なじみを、ベーケス2世は一笑に付した。
「そんなわけあるか! 誰が二度と行くか。それはやるから、ひとりで行け」
「ええ? ひとりで!? な、なんで? 2世、ニュート様とは……。あ……っ、すみません」
 ウルハムは慌てて口をつぐもうとする努力はした。
「その哀れむような目をやめろ。……俺はニュートにフラれたわけじゃないっ」
「あ、そうなんですか? ふーん……ああ、もしかして……。ニュート様と見に行く映画がどんな感じか見てきて欲しいんですか?」
 チケットをぺたぺた裏返しながら、ウルハムは言う。
「まあ……」
 説明するのもめんどくさくて、ベーケス2世はとりあえず頷いておくことにした。
 見に行った映画がどんなだったか、ニュートの好む振る舞いが知りたい。それだけだ。
「それこそ、自分で行けばいいのにさ。あ、そっか。恋愛映画見に行くのが恥ずかしいんでしょ、2世。それで僕を誘って……?」
「誘ってない」
「いや、頼られるのは嬉しいですけど……ひとりはなあ~」
「頼ってないが?」
「ええ!?」
「一人でも何人でもどうだっていいが、俺は行かない。行って、で、様子を報告しろ」
「そんな横暴な……。様子ってどんな?」
「そうだな……」
 どういう風に愛をささやいていたかとか、とくにプロポーズだな。プロポーズがどういうやつか知りたい。そうストレートに言うわけにも……。
「口説いてるシーン」
「ええと、2世? もし僕がいいよっていったら、2世は、それを僕から聞く羽目になるんですけど」
「……」
「そんなあ……。どうせなら僕、それこそニュート様といっしょに行きたいなあ」
「あ?」
「あ、いや、なんでもないです」
 と、ウルハムとベーケス2世が話していると、ばーんと扉が開け放たれた。
「あ、ゾービナス」
 腰に手を当てて威張っているゾービナスだ。
「ふふーん、話は聞きましたわー!」
「その映画ならねー、モチロンチェック済みですのよ! 人間界で仲間を増やすためっ、流行には敏感でいたいですものねー!」
 しめた、と、ベーケス2世は思った。
 ゾービナスに聞けるなら、犬に頭を下げて頼む必要もない……。なお、実際に下げてはいなかったが……。
「で、どこがよかった?」
「主演の俳優さんが本当にかっこいいんですわー!」
「どういうセリフがよかった?」
「……」
「…………」
「覚えてませんわ~!」
 まあ、彼女がそう答えるのは、ゾービナスな時点で想像はついていたのである。ゾンビのネックレスも沈黙を保っている。

***

「それで2世、デートの最中に、寝ちゃったんですか……」
「とんだクズ野郎ですわ! せっかくのデートでしたのに……。ニュートちゃま、かわいそー!」
 結局、二人にしつこく理由を聞かれ、ベーケス2世はおおまかな事情を白状する羽目になった。
「うるさい。手っ取り早く内容だけ知りたいんだよ、俺は! なのに検索してもプロポーズのシーンとやらは出てこないし……くそっ……」
「ずるしようとするからですわ!」
「っていうか、プロポーズってもう……したんじゃないんですか? 2世、婚約者なんでしょ?」
「……ニュートがほかのやつにたぶらかされないように対策するんだ」
「ほら、映画、始まりますわよ! きびきび動きやがれですわ!」
 なぜか、ベーケス2世はウルハムとゾービナスに挟まれ、好きでもないし、面白くもない2回目の映画を見る羽目になってしまった。ずるは良くない、ということである。それは百歩譲って良しとしても、なぜ二人に映画をおごってやって、しかも一緒に見なければならないのかは理解できない。
 前にニュートと来た時もそうだったが、大丈夫なのかと心配になるほど客がいなかった。
「わたし、まーんなか!」
「わっ、ゾービナス。ちょっと。ポップコーン持ってよ」
 じぶんが食べもしないポップコーンを置かれ、大きいのとちんまいのに同様にスペースをぶんどられる。
 興味のないコマーシャルのあと、冒頭が本当にしょうもなく面白くもない言い争いで始まるのを確認し、ベーケス2世はごろっとシートに身をもたげた。
 主演の俳優が白い歯を見せ、ゾービナスがきゃーっと膝に置いたコートを抱きしめる。
「よし、俺は寝てるからあとで内容を……」
「2世」
「ああ?」
「観念してください。これ、相当アレですよ……。一人にしないで」
 面白くなさを感じ取ったウルハムがずいぶんと渋い顔をしていた。ベーケス2世はあくびをしながら思った。
 まあ、たまには良いか……。たまには……。

***

 それから、数日。
「この前の映画、とっても良かったですわねー!」
 もう覚えてないですけどー! と、ゾービナスは爽やかに言い放った。時間というのは最良の薬である。忘れっぽいということはこの場合は間違いなくプラスに働いたことだろう。
 映画は、思っていたのの十倍くらいはひどかった。
 ベーケス2世は結局、ニュートの好みが分からなかった。分からなくて必要のないパンフレットまで買った。3回読んだ。念のために、もう一度読み直しているところである……。
「2世?」
「……」
「2世ー、どうでした?」
「……とんだ浮気野郎ではないかー!」
 パンフレットをぶん投げる。
「あの男、女を口説いてるくせに、前の女とはずっと付き合ってるんじゃないのか、あれは? 顔がよけりゃ何でも許されるのか。どういうことなんだ? ニュートはああいう……ああいうのが好きなのか……世界で一番愛してる……みたいな……ふたりにそういうことを平気でいうような男が」
「モッテモテですわーっ」
「……作り話なんですから、怒ったってしょうがないでしょー……」
「それに、アレはプロポーズじゃないっ! ……なんだ、来世で会おうって! あれが流行りなのか!? あんな、あんなきざったらしい……」
「まあ、ほら……人の趣味はそれぞれ、っていうか……あっ」
 ちょうどニュートが教室にやってきていた。ウルハムが教えてやろうかと思ってベーケス2世を見やると、幼なじみはもうそこにいない。
「あっ、もう。ニュート様にしかほんとに興味がないんだから……」
「あーんっ、ぬけがけ!」
 ベーケス2世はニュートに薔薇を差し出すと、まるでお前のためにあるかのようだとか、歯の浮くようなセリフを吐いていたのだった。
「……うーん」
 どっかで聞いたセリフなんだよなあ……と、ウルハムは思うのだった。

2022.11.26

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