スケルナイト推し

*ベーケス2世×ニュート←スケルナイト
ベーケス2世はスケルナイトに対して「憎悪」になるけどスケルナイト氏は興奮している構図が好きという話

 新魔界もすでにほろび、魔界王の権勢は盤石のものとなった。
 次期吸血鬼の長の座。魔界の全ての上に立つ権力の伴侶の座。
 ベーケス2世はすべてを手に入れた。
 ならば、ほかに何を望むことがあろう?

 なにもかも順調のはずだった。順調のはずだったのだ……。

「ニュート……! おかしい!」
 ニュートはぱっとじぶんの髪の毛を触る。
「そうじゃないぞ! 寝ぐせはついてない。……ニュートの格好は変じゃない。けど、お前の態度はおかしいぞ。なんでそんなに浮かれてるんだ? いや、知ってるけど! 知ってるけどな……」
 今日は、スケルナイトが遠征から戻ってくる日なのであった。
 スケルナイトは新魔界の残党が起こした暴動を首尾よく鎮圧したらしい。おかげで、奴の帰還は、予定よりも数日はやかった。報告書には華々しい戦果が綴られていた。字が汚すぎて読めなかったのかとも疑ったが、帰ってくるところをみるとどうやら本当のことらしい。
 ニュートは大はしゃぎで、一生懸命にめかし込んでいるというわけである。
「ニュート……! そのドレス、動きにくいからってめったに着ないやつじゃないか……」
 似合っているかと聞かれれば、似合っているというほかはない。しかし自分の趣味ではない。ヘンではないが、今どきの流行はちょっと派手すぎるのだ。
 スケルナイトの趣味かどうかは知らない。ニュートは、ただひとこと「そのお召し物は素敵ですね」と奴に言われたのを覚えていて、それを着ているだけなのだった。
 そんなお世辞をいちいち間に受けるな。
 ベーケス2世にとっては非常に腹立たしいことに、スケルナイトはニュートのお気に入りの家臣なのだった。
「せめて肩はもうちと隠してだな……」
 ベーケス2世が招き寄せると、ニュートは素直にやってきて、くすぐったそうに身を任せてくる。なんだかこういうしぐさをされるたびに胸が詰まる。
 当初よりも任せる兵の数をこっそり減らしてやったのだが、なんの意味もなかったらしい。むしろ足手まといがなくてラクだった節すらあった。次はとびきり無能な連中でもつけてやろうかな、と思ったが、スケルナイト以外全滅するはめになるかもしれない。……それはそれで使えるな……、いらんやつを消すのに……と悪い考えが浮かび、倫理的な部分ではないところに嫌気がさした。
 そう。悲しいことに、使えるのだ。奴は。
 駒として申し分がなさすぎる。
 それに……こちらを裏切る心配もない。少なくともニュートがいるうちは……。……たぶん……。
「ニュート! できた」
 ベーケス2世が『ウインクして!!』と派手に装飾されたうちわをかかげると、ニュートはウインクしてくれた。ちょっと不完全なウインクだ。
「ああもう! ニュート!」
 それから、恥ずかしそうにうちわで口元を隠す。
 ベーケス2世がいちばんだ。スケルナイトのことはいちファンとして見ているだけで、別に結婚したいとか、そういうきもちではない。
「ニュート……」
 それは、ベーケス2世もわかっている。別に、ニュートが浮気しているとは思っていない。ニュートは間違いなく自分を愛してくれている。……そうでなければ、吸血鬼になどなるものか。
 ニュートはまっすぐにベーケス2世を見つめて言うのであった。
 そもそもスケルナイトと話していると顔が良すぎて何を言っているか頭に入ってこないから、まともに話せたことはない。ちょっと言ってることが難しくてわかんないし……。
「ニュートーーーーっ!」
 ベーケス2世が『コッチを見て』のうちわを掲げると、ニュートはちゃんとこっちを見てくれる。
 これが「心を奪われている」というやつではないのか。

***

 あんなやつのどこがよいのか?
 顔が良い。よどみなく答えられてベーケス2世は顔を引きつらせた。
 顔。そうか……あの手の顔が好みなのか……。ちょっと涼しげな感じの……。
 ニュートは無邪気さにほんのりとした懊悩をにじませながら、そっと心の内を打ち明けてくれたのだった。
 とくに横顔が好き。こっちを見ていないときの顔がいちばん好き……そう続けられれば、どう答えたものか分からなくなった。
 じゃあ何だニュート、あっちから好かれてたらどうする?
 とか、そういうことは聞けやしなかった。怖い。どんな返事が帰ってくるものか、想像がつかない。
 ひとつ嬉しい点がある。あの亡霊は、あちらからは言い寄ってこないということだ。歯の浮くようなセリフはぽんぽん吐くのだが、それ以上には近づいていく様子がなかった。己の立場をよくわきまえている。
 それで、ニュートも、スケルナイトを遠くから見てきゃっきゃしているだけだから、今のところは自分がぎりぎりと嫉妬するだけですんでいる。隙がなくて殺せないともいえる。
「ニュート、お前は、昔の……」
 あいつのこと覚えてるか?
 問おうとして、ベーケス2世はやめた。何でもない、と言って口を閉ざす。
 顔が良いといっても、あいつは昔は野暮ったい男だった。地味で目立たなくて――お前が小さかった頃のことだよ。
 前世だとか、亡国の姫様とかいう妄言をホンキで信じているわけでもない。けれども、万が一呼び覚ましてなるまいと思った。心のクローゼットに押し込めて、慎重に鍵をかけておくことにする。代わりに、小さい頃のニュートはかわいかったと言ってごまかすとニュートは落ち着かなさそうに視線をさまよわせて、うちわをとって、つくった影でこっそりキスしてくれた。
「……俺とだけだからな。よいか、俺とだけ……」

***

「ニュート様、ただいま戻りました」
 登城したスケルナイトは、完璧にかしこまった姿勢で一礼をした。わざとらしくて大げさな仕草。自分は嫌味だとしか感じないが、ニュートは至近距離からのファンサを浴びて思考停止しているようだった。
「ご苦労」
 完全な姿となったスケルナイトに比肩するものはない。どう見積もっても、この男は魔界の最高の武力である。
 どうなってるんだ、魔界。コイツはもとはタダの人間じゃないのか。みんな死ね。
 実際、ベーケス2世は伴侶の立場を最大限に駆使して不安定な場所に送り出してはいるが、憎たらしいことに、ことごとく戦果を挙げて帰ってきやがるのであった……。
 とっとと死ね。さもなくば成仏しろ。胸中で吐き捨てている。
「休暇をやろう。せいぜい身体を休めておけ」
「いえ、問題ありません。ニュート様のお顔を拝見できましたから、疲れなど吹き飛びましたよ」
 またわざとらしいことを……。
 ニュートが小さく悲鳴を上げた。
(ニュートはもう吸血鬼だ。俺とおんなじ、魔物だよ。もうお前と結ばれることはなってのに……)
 不意に、痛烈な一打をお見舞いしてやりたくなった。
「残念だったな。用意したドレスが役に立たなくて?」
 スケルナイトは一瞬、あきらかに動きを止めた。
 勝った。
 ベーケス2世が微かな満足を得て見下ろしていると、絞り出すようなうめき声が聞こえた。呪詛でも吐いているんだろう。
 しかし、とぎれとぎれに聞こえてくる言葉は、聞き取れるくらいの意味を持っていた。
「……白いドレスが……」
「……は?」
「……ふ、ふふ。白いドレスをまとった姫様。姫様の美しさは、黄昏にいっそう昏く輝くんだ。何も知らぬ姫様は、魔物に細い首を差し出し……」
「……」
「ああ、世界は姫様のためにあり、いつだって姫様は俺に新しい世界を教えてくれる! ……いつだって……いつだって……」
 やはり、コイツのことは理解できない。ベーケス2世は心の底から思った。
 ニュート、頼むから、やめておいてほしい。

2022.06.10

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