応援コマンド

乾いた距離感のスケニュ
*おしばな物語ネタ

「ニュートちゃまーっ! 倒しましたわー!」
 パタパタと駆け寄ってくるゾービナスは、ニュートの前でぴょんとジャンプする。両腕でしっかりと受け止めると、ふわりと甘い香りがした。ウルハムがそわそわとしながら、ニュートとゾービナスの周りを回っていた。
 ウルハムもありがとう、と、ニュートはウルハムの頭を撫でた。いつもなら飛びつかれ、顔中をぺろぺろ舐められていてもおかしくはないところだが、ウルハムはニュートの頬を控えめに一舐め、二舐めをしたあと、ちらっとゾービナスの方を見て、物わかり良く引っ込んだのだった。ゾービナスがおっかないわけではない。あえてみなかったほうだ。
「おつかれさま、ニュート」
 どうにも、ウルハムはニュートの幼なじみであるデビイがニガテらしい。頬を舐められるのはもう仕方がないとして、血で汚れた口で舐められるのはエンリョしたいところだったので、ニュートは内心ほっとしていた。命がけで戦ってもらっておきながら、申し訳なくはあるのだけれども……。
「ケガはしてないか、って? うん、ぼくは大丈夫だよ。ニュートはだいじょうぶ?」
 ニュートは、デビイとぎゅっと握手を交わす。握手でいいのかな……とニュートはちょっとぎこちなく思った。デビイはにこっとしてくれる。
 これは、家臣たちを応援しようキャンペーンである。
「ニュートちゃまが応援してくれてるとね、わたしね、いつもの100万倍頑張れますわ~!」
 無種族のニュートには戦う力はない。
 だから、せめて、臣下を応援することにしたのだ。

 やってみると、応援の好みもさまざまである。
 ウルハムはといえば、構えば構うだけ喜ぶ。きゃーっというと頑張ってくれるし、頭を撫でてやるとそれはもう、はふはふいいながら喜ぶ。むしろ気にしなければならないのは構い過ぎのほうで、油断するとなすすべなくお返しされて、ほっぺがびちゃびちゃになってしまう。これは、もう、編成に気をつけないと……。
 マーメルンは「なによー!」と言って、水に潜って浮かんでこなくなるのだった。これはきっと照れ隠しだろう。最近ちょっとずつわかってきた。
 ジャンタンを帽子ごとわちゃわちゃするのはニュートの趣味だ。そもそも遠征にジャンタンを連れてくるのが趣味だった。ジャンタンはどうかしてる、どうかしてる、と繰り返しつつも逆らいはしなかった。もしかすると、フランコールを入れているからかもしれない。
「まあ、ニュート様。いつもありがとう、だなんて。わざわざ仰っていただかなくても、わたくしはニュート様のお世話係ですのよ。……ふふ、でも、嬉しかったりはしますわね」
 フランコールはそう言ってにこにこしてくれる。
 デビイなんかも何をしても「ありがとー、ニュート」という感じなのではあるが、ニュートは、だんだんとみんなの好みがわかってきた。ちょっとうるさいかなと思っておとなしめにしてみたら、ゾービナスが、不安そうに「わたし、何かしちゃったかしら……」と泣きそうな顔で言ってきたのだ。ニュートは慌てて否定して、声を張り上げてガンバレーということにしたのだ。
「おう! ニュート、ありがとな~!」
 ベーケス2世は、ハグにも握手にも応じずにひらひら手を振るだけなので、陽気な割りに大人しい応援が好きなようだとニュートはみていた。こうやって家臣の新しい一面を知るのも、応援活動の良いところだ。
「お礼なんて、無理しなくていいのよ、ニュート? ね? ニュートもおねえさんと一緒で忙しいでしょう? ね?」
 そう言って、意味ありげな視線を向けるウィンチは、たぶん可愛く応援されるのが好きだとニュートは見ている。ニュートがウィンクすると、ウィンチは手で口元をおおった。照れているのかな……。

 そんな家臣たちの中でも、スケルナイトだけは、どうにも反応が悪いのだった。悪いというか、全てにおいて肯定的でまったくわからないのだ。
「おお、ニュート様。ニュート様が気にする必要はありません! どうか私のことはお気遣いなく」
 ニュートがどんな振る舞いをしても、涼しい顔でそつなくあしらわれるだけなのだ。これがモテる男というやつなのか。ニュートは感心するばかりである。

***

 スケルナイトは城の一角で兵士に稽古をつけてやっているようだった。力が衰えているとはいえ、まともに鬼神の相手ができる兵士がいるはずもない。一対一ではなく、同時に、何人かが打ち込んでいる。スケルナイトはそれを悠然とかわして、攻撃を木剣でいなしている。
 その様子を、ニュートは回廊から見ていたのだった。ここからはさすがに気がつかれないだろう……と思ったのだが、スケルナイトはめざとくニュートを見つけ、手合わせの最中であるにも関わらず視線をよこした。

 姫様らしさとはなんなのか?
 ニュートは魔界の王族ではあるけれど、ずっと人間界で暮らしていたのだ。じぶんが次期魔界王だと知ったのもほんの最近なのだ。王族らしい教育は全く受けていない。
 贈られたドレスを着てみたり、ちょっとしずしずとしてみたり、形ばかり姫様っぽさの追求をしてみたニュートだったが、あまり成果はあがっていない。
 そもそも、ドレスは動きづらい。

 姫らしさ……姫らしさ……と思い、ニュートはサービスのつもりでポケットから取り出した白いハンカチを振った。
 木剣があたりをブン、と薙いだ。瞬間、兵士たちが吹き飛び、周りで見ていた者たちまでも雪崩を打ったように吹き飛んだ。

「申し訳ありません。私からは攻撃せずに、攻撃を当てさせる訓練だったのですが。ニュート様に見られていると思うと、力が入ってしまいまして……つい」
 木剣だったはずである。
 べっきりとへこんだフルアーマーを見ると、スケルナイトの恐ろしさが分かる。
 ニュートは気にするなと言って、自分も振る舞いを気にしないことにした。おしとやかさをあきらめ、楽な姿勢で隣に腰掛ける。
 スケルナイトは額当てをはずして、ぐしゃぐしゃと袖で汗を拭いていた。
 スケルナイトは、間違いなく魔界最強の騎士である。
 なにか、して欲しいことはないのか。
 具体的には、きゃぴきゃぴ応援とお上品応援と熱血応援だったらどれがいいのか?
「……そもそも……」
 そもそも?
「姫様は戦に参られません」
 ……。
 それはそうである。
 バッサリと斬り捨てられ、ニュートの親切は行き場を失った。
 付け焼き刃のプリンセスではダメということですの。
 ちょっと頬を膨らませてみると、ばりっという音がして、何かと思えばスケルナイトの手に持った木剣が柄の部分で握りつぶされていた。
「ほっとけ、ニュート」
 いつの間にやら、なりゆきを見ていたらしいベーケス2世が、つまらなそうな笑みを浮かべていたのだった。
「ふっ、くく。別に無理に背伸びする必要はないだろ? なあ? 言っちゃなんだが、あまり似合ってないぞ、その格好」
 プリンセス大作戦はスケルナイトにはきかないらしい。
 身を切った割りにはウケなかったので、だいぶ損をした気分になっているニュートだった。
「では、今日も監視に行って参ります。ニュート様」

***

「スケルナイトさんたら、このごろはますます強くなっているといいますか、強さを取り戻しているといいますか……相変わらず、すごいですわね……」
 遠征に行っていたスケルナイトから送られてきた報告書に、フランコールがほうとため息をついたのだった。
 早馬の持ってきた書簡に記されている戦果は簡潔にして一言。判読するのに苦労を要する字ではあったが、ただ「終わりました」とだけだ。終わりました。問題はあったが、妨害工作を全て見つけ出し、問題の起こる前に対処したということである。
「功をねぎらわれるのは嬉しいものですわよ。ああ見えて、彼だって喜んでいらっしゃるのではないかしら」
 どうだろう……。
 戦利品として届けられたドレスは、あまりニュートが着ないものだ。ひとりではどう袖を通すかもひとりでは分からないドレスを前に、ニュートはふーっとため息をついた。
 お姫様って、難しい。

2023.05.03

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