デッドスペース

 もともとお寝坊常習犯のニュートではあったが、吸血鬼になってから、ますますひどくなった気がする。日に当たれない、というのも十分考えられるが、ちょっぴり寝不足のような気がする。
 それというのも……。
「おはよう。ニュート! ……どうした? 俺の顔に何かついているか?」
 今日もまた、ニュートが目を覚ますと、ベーケス2世はニュートの隣にいた。
 ベーケス2世はニュートの伴侶だから、それはいい。
 それはいいのだが……。
 床に置いてある棺桶の方は、いっさい使われた形跡がなかった。

 象が踏んでも壊れないらしい丈夫な棺桶は、かつてベーケス2世がピクシーに特注で作らせた棺桶である。
 無種族生まれ人間界育ちのニュートは、棺桶で寝るのは暗いし狭いし、湿っぽいしでぜったいにぜったいにいやだ。けれども、吸血鬼の文化にまで口を出すつもりはない。棺桶で寝たいというのなら、それはオッケーである。ベーケス2世はわざわざニュート用の棺桶をしつらえてくれたくらいなのだ。彼にとって慣れた寝床の方がいいだろう……そういう計らいで部屋に運んでもらったのだが、ベーケス2世は「おお! 俺のために! 嬉しいぞニュート!」と言いながら、ぜんぜん棺桶に入るそぶりがなかった。ニュートのためのふかふかベッドを半分占領し、夜ごとに、これが俺の使命だと言わんばかりの確固たる意思で、ニュートと、ニュートの寝床をせっせと吸血鬼の冷めた体温であたため続けている。
 もともと中庭に置いてあったものだから、風雨をうけた棺桶は色あせて、早くもアンティークのような風合いを醸し出し始めている。
 ニュートは、元々は一人で寝るつもりだったから、ニュートのベッドはあんまり大きくはなくって、二人だとやや狭いのだ。イチャイチャするのは悪くはないのだが、用事が済んだらベーケス2世のほうはすみやかに棺桶に戻って欲しい。できればできれば。とはいえ、寝るときにいないと寂しいので、ニュートが寝静まった頃に戻って欲しいのだ……。
 アレを使わないのか。
「ああ、いいよな、それ?」
 ベーケス2世はちらっと棺桶を見た。
「でもニュート。ニュートはベッドが好きなんだろ? ニュートは俺のために吸血鬼になってくれたから……な。俺もニュートの趣味に合わせてやるぞ!」
 そっちに専用のカプセルホテルがあるだろう。
 ところが、ベーケス2世はリスポーン地点をニュートのベッドに定めてしまったらしい。あっちに行かないのか。棺桶で寝ないのか。追い出そうにも尋ねる前に、くうくうとうそくさい寝息を立て始めていた。

 ベーケス2世がひとりで棺桶にインする気配はない。
 実は一度、お疲れの伴侶を半ば無理矢理に棺桶に押し込んだことがあったが、そうすると、ニュートもまたいつの間にか棺桶の中に引きずり込まれ、しかしベーケス2世もいて、蓋を閉められ、赤いマントがそのままだったから、瓶にぎゅうぎゅうになったジャムとはこんな感じかと思うのだ。
 ならニュートがたまにはこっちで寝るか、と棺桶を使ってみたこともあった。ぜったいぜったいいやとか言いながら、実は案外寝心地も悪くなかったし……移動すると、寝ているあいだにベーケス2世も追いかけてきて、なぜか朝起きると二人でぎちぎちに詰まり、ジャムになっているのだ。狭いところに一緒にいたせいで、あっちこっち身体が痛い……。カチコチになったニュートを尻目に、ベーケス2世はバキバキと固い身体を動かして渋い顔をしていた。そんなになるくらいなら入らなければいいのに……とニュートが言うと、「そんなところで寝るニュートが悪い」と吸血鬼はうそぶいた。それからもたまに、ケンカしたときなんかにめそめそインしているが、ベーケス2世も追いかけてきて、次の日にバキバキになっている。懲りない吸血鬼である。
 そして一人では入らない。ぜったいに……。

 吸血鬼のみんなは寝室の棺桶をどうしているの?
 ニュートは吸血鬼一族に聞いてみたことがあった。
 誰も答えてくれなかった。しんとなった会議室。目をそらし、誰かが咳払いをし、何事もなかったかのように話題を移され、お手元に資料が回ってきた。ベーケス2世曰く、あんまり寝所でのことはよそで話すもんじゃないぞ、とのことである。
 たしかにそうなのかも、とニュートは思った。お財布をどこにしまっているかと同じくらい、伴侶をどこに寝かせているかは秘密にするべきプライベートだ。

 広くはない部屋の中で、部屋の中央に棺はとっても邪魔だ。
 使わないなら、いっそ片付けてしまうべきだろうか……。
「ああ、それ、片付けるのか? いいんじゃないか? ニュートのだし!」
 ベーケス2世が事もなげに言った。思いがけず乗り気だったので、ニュートは意外に思いながらもほっとした。そうしたら、お部屋に二人分のスペースができる。ベッドも、あっちとこっちに、二つ置ける。そっちの方がベーケス2世もいいだろう。
 ベーケス2世は、ほんとうはベッドが好きなんだね。ニュートが計画を説明すると、ベーケス2世は妙な顔をした。
「……。狭いと悪いのか?」
 ベーケス2世は、なぜか急に難色を示し始めた。
「俺は気に入ってたんだけどな……。確かにあまり使ってはいないが、眺めるだけでも落ち着くだろ? あれはいいインテリアだと思う……。ほら、見てみろ、蝶番が錆びてきて、開け閉めするたびに、キイキイと良い音がするだろ。もの悲しくて、冬を思わせる音色……。それにそれに、すっごく頑丈だから、何かあったらニュートが隠れられるし。それに俺たちを結びつけた思い出の品じゃないか。ものを大切にしないといけないだろ? なっ?」
 でも、結局、使わないなら邪魔じゃないのか……。
 ニュートが尋ねると、ベーケス2世は「使う」と断じた。
「使う。使ってる。考え事をするのにピッタリで、俺は魔界王の補佐が忙しいときは、実はアレに入っていて……わかった、わかったよ。ホントは俺はベッドが好きだ。でも、棺桶は使うんだ。いいか、ニュート、待ってろよ!」

***

 ……。
 ニュートが部屋に戻ってみると、蓋を取り除かれた棺桶には土が植えられ、大きなプランターにされていた。部屋の隅に避けられ、窓辺を陣取っている。
「水はけもちゃんと、ほら! 穴を開けておいてもらったから大丈夫なんだ!」
 開け閉めするときの良い音は?
「おお、そうだ。ここに、ニュートの好きな花を植えてやるからな! 何が良いかな……」
 ベーケス2世はニュートを無視した。
 わざとだ。ぜったいわざとだ。
 というわけで、不要な棺桶は、日あたりの良いスペースにどっしりと陣取っている。
 あそこにもう一台ベッドを置きたかったのだが……。まあ、吸血鬼にとっては良い場所ではないから、いいのかな……。
 ニュートは何か騙されているような気持ちで首をかしげた。ぽんぽんと肩をたたかれる。
「あ、そうそう。邪魔な棺桶を隅っこに片付けたから、ほら。ベッドも2つくっつけられるようになったぞ!」

2023.02.28

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