BBQ領土戦争

 人と人との争いは、多くの場合不平等から起こる。みんな幸せになれればいいが、資源というやつは無限ではない。
 人、物、金、それから土地(テリトリー)。軍事用の考える「戦争」とはまた異なるが、限られたシマを争って血みどろの争いを繰り広げる人間の醜悪さを、雑務用HANOIはよく知っていた。

「二二〇〇。これが何の数字かわかるか? 軍事用」
「キルスコアか?」
「……。成人男性の一日の目安摂取カロリーだとよ」
 
 ***
 
 監察官や仲間への日頃の感謝を伝えるために、BBQを振る舞いたい――。
 ローランドの言葉に、ジョルジュは「Très bien……」とつぶやいた。目尻を拭うと、成長した友にうやうやしく拍手を贈る。
「ああ、素晴らしい。ローランド。お前が、自ら料理を振る舞いたいなどと……なんという成長だろうか。私は今、歓喜に満ちあふれている……じっと春を待つつぼみのように、私はそのことばを待っていた……」
「ああ! 待たせたな。ジョルジュ! 最近になって、俺にもできることがあると気が付いたんだ! だが、俺は軍事用だ。……ジョルジュ、手伝ってくれるか?」
「無論だ、ローランド。私にできることなら、なんだってしよう……」
 ローランドとジョルジュは、がっしりと手を取り、うなずき合う。
「ありがとう、ジョルジュ。ナナシ!」
「……」
 キッチンの隅でしゃがみ込み、ジャガイモの皮を剥きながら気配を殺していたナナシ。努力の甲斐はなく、巻き込まれてしまった。
(感謝を先払いしやがって。まだ払うって言ってねぇぞ)
「それじゃあ、おのおのの適性を考慮して分担を決めていくぞ!」
「……本職はトモカク。雑務用に何をしてほしいってんですか?」
「ジョルジュは肉にかける美味いソースを作ってくれ。俺は肉を焼く!! ナナシは、なるべく均等に材料を切ってくれ!! 以上だ!!」
「ああ。そう……」
「ナナシ、お前は器用だからな!! きっと材料を切り刻むのに向いているぞ!!」
「……」
「ふふ……」
「くそっ、見世物じゃねぇんだぞ……ジョルジュ」
「ジョルジュ! お前が元気なら俺は嬉しい!!」
「ああ。私もだ、ローランド」
「コイツら……」
 ナナシは言われた通りに包丁を取り出し、砥石の上に滑らせている。既に、ナナシの思考回路は片付けについていそがしく思いを馳せていた。
「いくぞ! ナナシ! 俺がまず材料を運ぶぞ!」
「ハァ」
 どんとローランドがキッチンのテーブルの上に置いたのは、肉、肉、肉――肉ばかりだ。ナナシは俺はただのベルトコンベアーだと思いながら、ひたすらに包丁で下処理をしていく。そうやって運ばれてくる材料を黙って待っていたが、一行に別の食材が混じる気配がない。
「これだけか?」
「安心しろ。まだあるぞ!」
「違ぇよ。こんだけ? ぜんぶ肉じゃねぇか。肉ばっかりか?」
「うむ、司令官殿の胃を大量の肉で埋め尽くすのが今回のミッションだ!!」
「……バランス良く食べさせねぇと体こわすだろ」
「で、でも、肉だぞ?」
「……」
 ローランドの提案するボリュームにはナナシはちょっと思うところがある。
 あれはそう、ナナシがアサリの砂抜きをしていた日のことだ……。
 監察官からちょいちょい料理当番を申しつけられているナナシは、万が一、声をかけられでもしたらたまらないとボンゴレ・パスタを練習していた。
 何度か試して、味に再現性がでるようになって数日。
 一日に三回くらいはチャンスがあるとして、そろそろ今日あたりかな、と思っていたところである。
 監察官の胃は、あっという間に軍事用お手製の五〇〇グラムのステーキが占領していった。
「うん、お腹いっぱいだよ、ありがとう! ローランド!」
「はい! いつでもお任せください!」
 ボンゴレにはなれなかったアサリは、「おお、ちょうどよいものがあるではないか」と冷蔵庫をのぞき込んだノロイの手によっておいしく味噌汁になった。
 というのはまあ、おいておくとしよう。
「いや、しかし、BBQの醍醐味というのはなんといっても肉でだな……」
「……1:1でどうだ?」
「なにをだ?」軍事用はきょとんとして聞き返した。「人体か?」
「怖ぇよ。監察官の胃の取り分だ。半分は肉。半分はその他。どうだ?」
「半分か……」
「これでもずいぶん譲歩してるんですけどねぇ」
「しかし、ううむ……ジョルジュ! どう思う?」
 おっと、自分でこちらの援軍を呼んでくれるんなら世話ないな、とナナシは思った。部下に指揮権を明け渡し、補佐として静かに控えていたジョルジュ料理長は意見を求められると頷き、料理の栄養について、あるいは彩りについて回りくどく、しかし分かりやすい講義を始める。
 このまま交渉にもちこめば、なんとか最低限の彩りは確保できそうだ。ナナシが食堂の椅子を引き寄せ、身を乗り出したそのときだった。
 ばん、と食堂の扉が開いた。
「話は聞かせて貰ったわ……」
「げ、ティカ?」
「……言ってみたかったの、これ」
 メリーティカは恥ずかしそうにうつむいた。それから、次々と仲間たちが姿を現した。
「BBQするってホントッスか?」
「なんだ。黙っていようと思ったのに、とんだ情報漏洩だな! 貴様ら! 知ったからには手伝ってけよ!」
『クレヨンも! えらぶ!』
「聞いたよローランド! バーベキューにはやっぱりチリソースだよね?」
 わいのわいのと、領土(監察官の胃袋)の分割が始まっていくのである。
「あ~~……飲み物が必要だな」
 と、ナナシは用事を見つけて逃げることにした。
 
 ***
 
 バーチャルの空はとても青く高く、今日もしっかり澄んでいる。繰り返しばかりの青空は現実世界の良いところだけを切り取って青く染まっている。
「わぁ! 今日はバーベキューなんだね!?」
 屋上にうきうきとやってきたコーラル・ブラウンが、作り物の空に目を細める。
「僕、やりたかったんだ~! 青空の下でバーベキュー!」
「はいっ! 存分にご堪能下さい!」
「いや~~~! 晴れてよかったデスね! マ、マニュアルのワタシには関係がないデスけれど……」
「お前を一人にはしない……01。食事の前では、誰しもが平等なのだ」
「あ、ワタシのブンもあるんですか? へぇ……そう……」
「みんな~★ 何飲む? メロンちゃん、注文聞いちゃうわよ!」
 わいわいと辺りはにぎやかになっていく。苦手な空気だ。それに自分が混ざっていることに、ナナシは妙な足元の浮遊感を覚える。
「各自、飲み物は持ったな!?」
 ローランドの音頭で、一斉にかんぱーい、と唱和が起こった。
「監察官! 今日は任務に関係のない雑談でもいたしましょう!!」
「あれ? ナナシは?」
「……俺はいいです。だいぶつかれました」
「ええ!? そんな……どうして!?」
「はいこれ。俺の分け前です」
「え?」
 ナナシは黙って監察官の手にサラダの盛られた皿を押しつけ、ベンチに転がる。さんざんな折衝を重ねてなんとかして確保してきた健康の量である。散らされたパプリカをつっついて、監察官はシンプルに「おいしい!」といった。
 今日のところの取り分は、それでよしとしよう。

2021.12.12

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