任務に関係のない縁談

「司令官殿!! 任務に関係の無い雑談をしたく思います!! つきましては、俺に……俺に、時間を作っていただけますか!!」
 意を決したローランドの声は、ログアウトに向かっていた監察官を呼び止めた。監察官は、「うん、勿論!」と、一も二もなく頷いた。監察官にとっても、ローランドと話す機会は何よりも代えがたく嬉しいものだった。ローランドは背筋を伸ばしたまま、勢いよく帽子を取った。胸の前に押し当てる。
「それでは、明日の夜……、仲間たちと一緒にお食事はいかがでしょうか!」
「明日の夜かぁ……」
 監察官がためらったのは、約束をしたとして、本当に果たせるかどうか自信がなかったからだった。……現実とTOWERの時間の流れは違うのだ。けれど、ローランドと会いたいと思う気持ちは本当だったし、コーラルの方もうんと言いたかったのだ。
「明日、その時間に来れるかはわからないけれど。……もし、約束できなくてもいいなら、きっとローランドに会いに来るよ」
「はいっ! お待ちしております!」

***

「えっ? あれ?」
 かくしてTOWERにログインし、約束通り食堂にやってきた監察官は、しょっぱなから混乱に陥っていた。
 食堂の様子がいつもと違ったのだ。具体的には、明かりは落とされて薄暗く、テーブルの中央に燭台が灯っていた。……テーブルクロスの上に、ナイフとフォーク、それから、形の違うスプーンが行儀良く並んでいる。
 まるで高級レストランみたいだ……という月並みな感想は、悠然と仕事をする調理用HANOIを目にして比喩ではなくなった。コーラルは慌てて毛羽立ったベストの表面を撫でるが、なににもならない。
(うわぁ、どうしよう、完璧に任務に関係のない雑談をするつもりだったから、普通の格好で来ちゃった……!)
「監察官、普段着ですか。いやはや、度胸ありますねェ」
 ナナシはといえば、さりげなくよろしいジャケットを羽織り、ちゃっかり服装規定をクリアしていた。
「うっ……」
「……まさかアンタ、〝ラフな格好で〟ってのを真に受けて、私服で面接会場に行くタイプじゃないでしょうね。全く呆れますよ。言葉を額面通りに受け取って……」
「な、ナナシ……! それは、もう、指定する側も悪い……っていうか、今時は私服も珍しくはないし……」
「遅いぞぅ。監察官。まったく、人を待たせるものではないのだ」
 ノロイがすまして茶を飲んでいた。背広を着たローランドが緊張した面持ちで先に椅子に座っている。
(ほんとにみんな、正装してるし……)
 よく考えてみれば、二人とも完璧な正装である。ノロイは顔を上げるとコーラルの服装を見て眉をひそめた。
「……むう。普段着か? このような場にそんな格好で来るとは……」
「すみません、全く言葉もないですね」
 なぜかナナシが代わりに謝る。
「お、俺はいいと思います!!」
 ローランドがガタリと立ち上がった。
「! ローランド!」
「俺は……いつもの司令官殿がいいと思います! その。見るからに民間人といった風で、誤射しなさそうで、とてもいいです!!」
「ありがとう、ローランド……!!」
 ノロイも、「まあ、お前がそういうのなら」と悠然と口元を拭いた。

 ジョルジュが四人の前にオードブルをサーブする。 礼を言うタイミングが完璧に被って、コーラルとローランドは顔を見合わせた。
「す、すみません! 俺の声で貴方の声を遮ってしまって」
「いえいえ、こちらこそ」
「ふふ……。そう幹のように堅くなるな……大切な友人同士……どうか友誼を深めていってほしい。それだけが……私たちの願いだ」
 オードブルは白身魚のカルパッチョだった。パプリカが添えられている。
「ええと、これなんだっけ。カ……カ……」
「やたらと美味い魚ですな!」
「うん、白身の……、白身のお魚だね!」
「はい! 俺もまさに、そう思っていたところで!」
「海にいる……よね!」
「はい! 魚は……海におります!」
「コイツら……さっきから全然情報量がねぇな……」
「どうしようもないのだ。ここは、ノロイが一肌脱いでやるとするか。コホン。……休日は、ふたりは普段何をしているのだ?」
「ええと、仕事が忙しくってね……。特に何も。あたっ……」コーラルの脇腹をナナシが小突いた。
「ここは会話をつなぐところでしょ。適当に読書とか言っておけばいいでしょ」
 だから嫁さんいないんすよ、とナナシの追撃を食らって、コーラルは頭を掻いた。
「うう……さいきん。趣味の本も全然読めてないなあ……仕事が楽しくて、つい」
「お、俺もです!」
 勢い込んでローランドが話し出す。この話題は正解だったらしい。
「たのしい……かどうかは分かりませんが、まあ言いたいことは分かりますよ! 俺も毎日、仕事ばっかりで……! 司令官殿の専門分野は、やはり、ITでしょうか?」
「ええと、専門ってほどじゃないけど、まあ、そうなるのかな……」
「IT……には疎いのですが。軍事用は、弾道などは計算したりもします」
「放物線とか?」
「放物線もです!」
 頃合いを見計らって、キャメロンがシャンパンをサーブしてくれた。
「それじゃあね、後はお若い二人でっ♥」
 そう言ってナナシとノロイは去って行く。

 終始雑談は和やかに進み、デザートをぺろりと平らげる頃には、すっかり仲良く? なれた……のだろうか? アルコールで頬を赤らめたローランドはとても上機嫌だった。
「あの……俺は、楽しかったのですが!」
「うん、僕もです」
 ローランドは何か言いたそうに言いよどんで、それからすっとコーラルを見つめた。息を吸うと真っ直ぐに、言う。
「司令官殿……俺と、俺と、お友達になってください!」
「えっ、はい! 喜んで」

2021.04.12

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