火薬の匂いがする

「乾いた布を」
 TOWERに集められたHANOIたちに、まずはじめに、希望の品が尋ねられた。物品を手配するTOWERの担当者は、さいわいにも常識的で、少なくとも職務に勤勉な人物だった。
 毅然とした声に従い、リストに物品の個数を書き加える。『乾いた布』は、雑務用の要請に加えて、+1。
 それから、軍事用HANOIの希望する荷物は、本部の他の誰のものとも被ることはなかった。
「どうか、俺に敵を焼き尽くす武器を下さい!! 無臭火薬を、杭を。燃料を。スコップを、手投げ弾を!! 俺ならば、ほかの連中よりも上手く、塵も残さずに敵を始末できます!!」
 軍事用HANOIはまっすぐに答えた。
 リストはつらつらと長くなった。

 防錆油のかすかな匂いが、ほのかにローランドの部屋に漂っている。香ばしいような、焦げた匂いは、少しだけヒマワリのタネの香りに似ていると監察官は思った。
 ローランドは慣れた手つきで真鍮のブラシを操り、ライフルの銃腔にこびりついたカーボンをそぎ落としている。ざりざりとした有機物の欠片が、無数に布の上にこぼれていった。それは、さして意味のないパーティクル。現実を極限まで演算するための細かい汚れ。TOWERを現実と錯覚させるための仕掛け。
 ……。
 ローランドは武器の手入れの手を止めて、申し訳なさそうにコーラルの方を見た。
「あの、……もう少し時間がかかると思いますが」
「ううん、いいんだよ。えーっと、……やっぱり手伝おうか?」
「いえ。俺がやります。大丈夫です!!」
「そうかな? 見てるだけになっちゃうけど」
「はい! というより、あの。……監察官こそ、武器の手入れを見ているだけでは面白くもなんともないと思いますが……。武器と防具の整備が終わりましたらお声をかけますので、それまで、部屋でゆっくりしておりませんか? そうしましたら、その後、チェスでも、お食事でも……」
「ううん、待ってるよ」
「そうですか?」
 ……監察官の視線が気になる。
 首筋にちりちりとした感覚が走る。不快ではないと言い聞かせたが、正直なところ自信はなかった。
 この人がここにいるのには、なんだか違和感がある。
 すぐ手に取れる距離にナイフがあり、銃器があり、そして、監察官がいる。
 この人には、似つかわしくない。
 それにしてもこの部屋は殺風景だと、ローランドは思った。机の隅に置かれたチェス盤以外には、間を持たせるような面白いものも、気の利いたクッションのひとつもない。この環境に不満を覚えたことはなかったのに(いや、むしろ、これまでにないほど良い環境にいるのに!)、自分もずいぶんぜいたくになったものだ。
(こんなことでは、軍に戻ったらどうなるか……)
 会話が続かなくなると、急激にこの空白を埋めたい衝動に駆られた。
 誰に言われた訳でもないのに、この自由な空白が恨めしかった。
「なんというか……そうですな。本音を言えば、貴方に武器を持たせたくないんです」
「そう?」
「いえ、違います……身を守るための武器ならば良いのですが」
 ローランドは適切な言葉を求めて考え込んだが、ローランドの部屋の中の、なにひとつとして、ローランドにひらめきを与えてはくれなかった。武器の手入れを続ける。ふさわしい返答を導き出すよりも、火炎放射器に液体ガスを充てんするほうがよほど簡単だった。
「俺には、上手くは言えませんが……貴方は火薬の匂いとは無縁であってほしいと思います。ですから、あまりこういうところをお見せしたくはないのですが……」
「ううん、僕も見てるよ」
 監察官は、ローランドの持っているライフルを見つめていた。今日は二十四体それで殺した。それは確かに誇りであったが、今日だけは、視線を隠したいような気になって、銃を引き寄せる。銃口を覗き込むと、冷たい鉄の底がこちらを見据えていた。
「ローランド。僕は、ローランドがみんなのためになにをしてくれたのか、ちゃんと見てるし、覚えてるよ」
 ローランドは言葉に詰まる。二十四体のキルスコア。問いかければ、この人も、もしかしたら数字を覚えているかもしれない。軍事用にとっては誇らしいことだが、今、それを主張する気にはなれなかった。
「なら、良いのですが……」
 ローランドは咳払いをすると、脇に避けた帽子を深くかぶり直した。
「しかし、その、なんというか。見つめられているだけというのは……少々照れますな……」
 監察官は、次に、ぎざぎざしたサバイバルナイフの先に視線を落とす。ケガをしますよ、とローランドは言った。
 うん、ごめんね、と監察官は言った。
 立ち去ることはなく。目をそらすこともなく。

2021.03.10

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