交差

「おい、雑務用、いるか!?」
 ナナシの部屋は、何者かの襲撃ノックを受けている。
 それがあの軍事用HANOIの仕業だというのは、考えるまでもなく身体でわかる。小刻みに部屋が揺れているし、あの畏怖を感じさせるような声はずいぶん寝起きに響くのだ。
 ナナシは呻いて半身を起こし、棚の上のデジタル時計に目をやった。数字は、思いっきり朝の8時00分を指し示している。
(げっ、ちょうどかよ?)
 ……たぶん、「ローランドの考える常識的な時間」でありそうなラインに訪ねてきているような気配があり、余計にいやだった。断る理由をいちいち潰すな。
 逃げ場を求めて窓を振り返ったが、ここは二階だ。本部の外には監察官がいないと出られない。それでもやってみる価値はあるか、と、シーツを束ねたところである。
「いるな! よし、開けるぞ!」
「いや……くそ、耳がいいな!」
 せめて、身なりを整えるまでにちょっと待てと言いたかったのだが、軍事用にそういった気遣いは期待できない。
 人生、諦めが肝心だ――勢いよく開く扉とともに、ナナシは自分の人生訓を思い出す。

***

「それで、わざわざ天下の軍事用が雑務用風情に何の用ですかね?」
「貴様はいちいちそうやって自分を卑下しないと会話が始まらんのか? まあ、それはいいさ。次の編成の話なんだが……」
 思いのほか、真面目な話だった。
「俺は、貴様を推薦しようと思ってるんだが、どうだ?」
「はあ。……なんで?」
「司令官殿は、みたところ、順番に俺たちを編成して塔に連れて行ってくださっている。だが、俺は昨日出撃したから……。たぶんしばらくは出番がない。となると、俺がいないときは、攻撃手としての適正としては貴様が適任だと思ってな……。お前、人をブン殴るのが上手いじゃないか」
 好きで上手いとでも? それに、人間なんかブン殴れたことはねェよ。
 胸中でナナシは吐き捨てた。
 ナナシの内心を知ってか知らずか、俺は毎回の出撃でもいいんだけどな、と、ローランドはこぼす。
 役割としては理解できる。このバーチャルで与えられた戦闘補正を考えると、ナナシはアタッカーとしてはこの上ない性能だった。
 それが、自らの生活を脅かしているのは世話ないが。
「……どうした、ナナシ。乗り気ではないのか?」
「やれって言われたらやりますけどね?」
 転がしてある鉄パイプは、いつでも手の届くところに置いてある。足で引っかけて手に取った。
「貴様は、何でもかんでも言われなければやらないのか?」
「……都合良く使い潰されるなんてごめんですよ、俺は」
 ……なんてことを言えば、もう少し喝が入るかと思ったが、むしろ、ローランドの言葉は柔らかくなった。
「そう言うな。司令官殿は立派な方だ。大丈夫だ。俺が保証する」
「アンタさ……毎度毎度張り切って出かけてくけど、そんなに働くのが好きかよ」
「そりゃあ、戦うことは俺の仕事であり、誇りだからな」
 一点の曇りもなく、ローランドは胸を張ってみせた。
「ハァ。さすがは軍事用サマですね。俺なんかには、とてもとても」
「困難な任務を任されるってことは、信頼されているってことだろ?」
「都合良く駒にされてるだけだろ」
「? それ以上何を望むんだ? ……でもまあ、俺は、あの人のために強い駒でありたい。
 こうやって気を回すのも本来なら出過ぎたまねだが、できることなら、少しでも手助けできたらと思ってるんだ」
「……まあ、安い駒として使い捨てられるよりは、そうかもな?」
「……。なあ、雑務用。役に立ちたいと思うのは俺たちHANOIの持って生まれた本能みたいなものじゃないか?」
「それじゃあ、俺は生まれを間違ったんだ」
 ……はるか昔には、そう思ったことも確かにあるような気がした。
 けれど、ナナシは人の善性を信じるにはこき使われすぎていたし、ひどいことが起こりすぎた。

「ナナシ、俺が保証する。……きっと貴様も、いつか、心から司令官殿の役に立ちたいと思える日が来るだろうさ」
「じゃ、お返しに。アンタ、あの人が上司で後悔するよ」

2021.03.10

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