ローランドの罵声を目覚ましにしてもいいかな?
そうしたら明日も頑張れる気がするんだ

 朝だ。
 ちん、と小気味よいレンジの音がした。
 ローランドの朝食は、オートミールに牛乳を加え、レンジで温めたシンプルなものだ。まあ、男一人の朝食などこんなものだと思う。少し物足りなくなって、ドライフルーツを混ぜた。これは友・ジョルジュへの敬意のぶんだ。
 もっと気が向けば、ピザトーストでも焼いたかもしれないが、今日はたまたま気分じゃない。椅子に座ることはなく、立ったままスプーンでオートミールを口に運ぶ。ローランドの食事のペースは早い。あっという間に半分ほど平らげた。
 不意に、机の上で旧式のスマートフォンが震えた。
 職場でなにかあったか?
 そう思ったが、深い海のような青い点滅のパターンは、着信がコーラル・ブラウンからのものであることを知らせていた。
 コーラルは友人である。たびたび電話をする仲ではあるが、こんな時間にとは珍しい。ローランドは勢いよく食事を飲み込んで即座に出た。
「どうした!? 緊急の要件か?」
「あ、ううん、ええとね。こんにちは。特に用があるわけではないんだけど」
 電話の向こうから、緊張感のない声が聞こえてくる。とりあえず無事であるようなので、ローランドはほっと胸をなでおろす。
「ならいいんだが。任務に関係のない雑談ならお手のものだ。いや、そちらは今頃深夜じゃないか?」
「うんと、……いや、忙しい時にごめん。ちょっと声が聞きたかったんだ」
 消え入りそうなくらい小さな声だった。身に危険が迫っているわけではなさそうだが、ローランドにはわかる。露骨に元気がない。
「なんだ、……何かあったのか?」
「いや、本当に何かあったわけじゃなくて……たまたま」
「友人に嘘が通用すると思うなよ、コーラル」
 ローランドが強めに押すと、しばらく逡巡するような間があり、ふうっとため息をつく音が聞こえる。
「うん。実はね、あまり仕事がうまくいかなくて。ちょっと凹むこと言われてね、うん……」
「そうか……なにを言われたんだ?」
「自分の足元も見れない偽善者だって言われちゃったよ」
「……コーラル。その言葉が見当違いなのは俺がよくわかってるぞ。俺はお前ほど有言実行の男はほかに知らん!」
「あはは」
 力なく苦笑する様子にまた腹が立った。背中をばしばしと叩きたくなる。
 傍に行って飲みにでも誘えたらいいのだが、……この距離がもどかしい。ふと手元を見ると、握っていた金属のスプーンが使い物にならなくなっていた。丸めて処分することにする。
「くだらん連中の言葉に惑わされるなよ! コーラル。まったく、誰だ? 門前に首を晒してやりたいもんだ。……一人吊るしておけばおとなしくなるんじゃないか?」
「ありがとう、ローランド」
「いつやる。明日か? 午後は空いてる」
「いや、大丈夫だよ!?」
 ローランドが逮捕されちゃったらいやだもの、と笑い、ようやく元気が戻ってきたように思われる。ローランドは何の気なしに、コーラル周辺の座標を思い浮かべていた。いっそ、ミサイルでも撃ち込んでやろうか……。
「元気が出たか? ほかに俺に出来ることはないか?」
「あの……じゃあね、また発破かけてくれない? 厳しめに……」
「……あー……そうだな」
「元気が出る気がするんだ」と照れたように言われる。稀にあることではあるのだが、一瞬、思考回路が停止する。
「ウジウジするな、ヒヨコ野郎!」
「うん……! うん! ありがとう……」
 心底嬉しそうな声だ。何かを間違っている気がしないでもなかったが、出力が嬉しそうなのでこれでいいのだろう。……いいのだと思いたい。
「あの……もう一つお願いしてもいい?」
「なんだ? やっぱりミサイルを……」
「ミサイル? いや、ええと。それね、目覚ましにしていい?」
「え?」
「明日も早いんだけどね。ローランドの声なら起きられる気がするんだ……だめかな?」
 ローランドの思考回路が、何かまたエラーを吐いた気がする。ローランドは音声データのもととなった大英雄に思いを馳せる。
 彼ならば、どうおしゃるだろうか……。
 いや。友人の頼み一つかなえられず、何が軍事用だろうか。
「わかった! いいかヒヨコ野郎! そんなことで凹んでいるようでは、務まらんぞ!!」

2021.04.26

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