接客用プロトコル

原作未登場のHANOI視点

ティロリティロリティロリ♪

 僕はアラームの音に合わせてポテトを引きあげる。
 フライドポテトは黄金色。ふちに添って泡がぱちぱちはじけている。
 まあ、それは驚くべきコトではあるまい。この品質を保つのがブランドというやつだからだ。1週間前のポテトも、明日のポテトも、同じ味がするはずだ。
 僕にとって、マニュアルはとても重要だった。全てが予め決まっている状態こそが最高。裁量はなければないほうがよくて、不確定要素は少ない方が良い。
 だからこのミクドナルドバーガーの店員というのはものすごく大好きな仕事なんだけど、接客用のカノジョにとってはそうじゃないらしい。
「毎日、毎日、ポテトあげる音ばっかり聞いてちゃ耳がおかしくなりそうだよー!」
 とのことである。
 ふむ。
「だってぜんぜん特別ってことないでしょ、この仕事。誰でも出来るし」
 誰でもできるってことはないと僕は思うぜ。
 彼女は注文を間違わない。それに、臨機応変に対応するもんである。客がべちゃっとドリンクをひっくり返したらおしぼりを持ってわーっと駆けつけるし、トラブルだってうまく収めてしまう。見事なモノである。
 僕は一度レジをまかされたことがあったが、一度である。二度とやれとは言われなくなった。お金管理用HANOIになれないのは確かだ。
 そんなことを考えているが、考えているだけだ。それでもカノジョはべらべら喋っている。接客用というのはもしかすると黙ると寿命が縮みでもするのかもしれない。
「あーあー、どうせなら、調理用あたりに生まれて、有名レストランのシェフになっときゃよかったよ。そしたらさ、自分でメニューとか開発するんだよね」
 努力をすれば夢は叶うと僕は思う。ほら、雑務用の身でありながら、弁護士になったHANOIがいるっていうじゃない?
「まあ、特別な日にミクドナルド食べたいって人って……いませんよねぇー、知ってたけど」
 ふむ。
 ポテトを揚げながら、僕は考える。
 なんでもない日(アンバースデー)を普通につくることだって、仕事の一つであると。
 いいじゃん。
 同じような毎日は、判で押したようにずっと同じような毎日であればいい。そりゃまあ、いつまで続けられるんだって不安はあるけど、この日常の繰り返しが苦にならないって結構な武器だし、なんとかなるんだと思っている。なんとかなーれ。

ティロリティロリティロリ♪

 おっと、ポテトが僕を呼んでいる。そう告げるまでもなく、カノジョは理解して持ち場に戻った。
 愛しのいつものポテトちゃんを引き上げながらぼくは続きを考えるものである。
 果たしてどうだろうか? 特別な日にミクドナルドを食べたい人、いるだろうか?
 シャカシャカとポテトに塩を振りながら考える。
 うーん、例えばだ。箱入りのお嬢様がいたとする。とても大切にされているけれど、でっかいお屋敷の外には出たことがない。
 そんなときにこっそり家を抜け出して、持っていたお金で初めて食べたのがミクドナルドバーガーだった……。美味しい。家で食べている一流シェフの料理には及ばないけれども、でも、自力で食べたミクドナルドバーガーがメチャクチャ美味しかった……。
 フライドポテトを引き上げる。
 いいじゃん。
 でも、と、もう一人の僕が囁く。それさあ、ミクドナルドバーガーじゃなくてもいいじゃん。もっと美味いもの食べてたらそれを美味しいって思うんじゃないか?
 むう。
 じゃ、例えばだ。とある青年はものすごい貧乏で、道端に落ちてるみたいな生活をしている。大丈夫かい、と親切な人が心配して、お腹が減っているんです、と言ったら、あいているのがここしかなくて、はじめてまともなバーガーを食べるのである。
 なんてことだ。こんなに美味しいモノがあったなんて!
 いいじゃん。
 でも、と、もう一人の僕が囁く。……だから、他にもっとあるというものである。
 ということを、仕事中に考えまくっているのをカノジョは知らないだろう。

「バーガー3つとポテトMおひとつ、サイドサラダひとつですねぇー」
 カノジョがコッチにも聞こえるように言いながら器用に端末を操作している。早めに準備できるように言ってくれるのだ。
 うむ。
 僕はこの定型的な味が好きである。どこへ行こうとも大まかには変わらない味。マニュアルのある味。配合。ああ、これこれ、って思った以上でも以下でもない味である。
 ジャンクで簡素な普通の幸せである。
 たまに食べたくなるってことはあるだろうけど、ことさらにミクドナルドバーガーが食べたい、っていう客はいるだろうか?
 まあ、いるかもしれない。具体的な例は、あんまり浮かばないモノではあるが、世の中はとても広いのだった。

 ドライブスルーに、一台の車がやってくる。
 人間一人、HANOIが三体。あまり素性が浮かばない、奇妙な取り合わせだったので接客用は内心ハテナを浮かべている。しかし顔には出さない。プロだから。
「いらっしゃいませ」
「あ、待って。ごめんごめん、……今ちょっとずらすから、待ってて」
 車がゆっくりとバックして、マイクの前にスライドする。
「ちょっと、大丈夫ですか? やっぱり俺が運転した方が良かったんじゃないですか?」
「ごめん。ナナシ。そうだったかも。それにしてもわざわざミクドナルドなんて。いいの?」
「ミクドナルド、きたかったー!」
「まあ、前祝いってコトで。いいんでしょ、本人がそう言ってるし。ジョルジュのレストランでしょ、本番は」
「ジョルジュ、元気かなあ」
 待ちきれない様子で、緑色の髪のHANOIが、ものすごい体の柔軟さで体を曲げて、マイクの前にぐいと顔を出す。ほぼ真横でぐいーんとなって、あら柔軟性がすごいこと。それでもぜんぜん体幹がブレはしなかった。
 動揺を押し殺しながら、いつもの笑顔で言う。
「いらっしゃいませ。マイクに向かってご注文をどうぞ!」

2021.12.12

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