俺は貴方を裏切りません!!!

「俺なら絶対にそんなことはいたしません!!!」
 ローランドの大音声がびりびりとTOWERを揺らした。
(あ、まずい)
 なんたって今は夜だ。TOWER内では、夜中もいいところだった。いったい何が起きたのかと、HANOIたちの部屋にはぱっぱと電気が付いていく。
「何があったの!?」とローランドの部屋を激しくノックしているのは、ミラだ。ミラの声だ。
「ああ、ミラ、えっと、これはね」
「なんかあったのかい? いい、開けるからねっ!?」
「わっ」
 ミラが扉を開けた瞬間、宝船エビスビールの空き瓶ははじきとばされて部屋の中央へ転がっていった。
 ローランドとコーラルは、任務に関係のない飲み会をしていたところだった。机の上にピザを広げて、シゴト終わりにこっそり乾杯していたのである。
「俺なら、絶対にそんなことはしないっ!!」
 ローランドは、どんと机にジョッキを叩きつける。机は真っ二つに割れ、盤から転げ落ちたチェスの駒が吹き飛んで、弾丸のように壁に激突する。
「ちょっと、監察官。これ、……どういうことだい?」
「ろ、ローランド!! ローランドにね……ちょっと飲ませすぎちゃって」
「俺ならば!!! そのド畜生のようにッ!! 二股なんてかけて貴方をフったりなんてひどいことはいたしません!!!!!! ええ、しませんともっ!!!!!」
「うわあああ!!! ローランド!! 言わないで……言わないでったら……」
 監察官は慌ててローランドを揺すぶった気になったのだが、軍事用HANOIはその程度ではびくともしてくれなかった。体幹がすごい。壁に立てかけてあった火炎放射器を手に、机の上にダンと足を着く。
「貴方を裏切るなど……なんとひどい女だ!! 軒先に吊して差し上げますよ!!!」
「ローランドったらあああ……もう……」
 ひどい暴露をされたコーラルは、頭を抱えてうずくまるしかなかった。
 ローランドは興奮して、しゃきっと立ち上がったのだが、ごつんとドアノブに頭をぶつけた。ドアノブが妥協してもげた。
「あ・の・ねぇ。……今はここでは夜中の2時だからね? そのあたり、わかってるよねぇ?」

***

「あの……オハヨウゴザイマス……」
 ミラにこってりしぼられた、次の日である。
 監察官から、シンディがおずおずと目をそらした。メリーティカも「おはよう」と言って、そそくさと監察官の前からいなくなる。
 リビングに居たナナシは雑誌に目線を落としていて、シンプルに「……おはようございます」と言うだけだった。
 HANOIたちに、距離をとられている……わけではない、と、コーラルは思う。強いて言えば、ぬるいやさしさだった。
「おはよう、シンディ。うん。ええと……昨日のあれって、やっぱり……その……? 皆に広まってるのかな……」
「ええっとぉ……。なんていうか……お疲れ様っス」
「……」
「オハヨ、コーラルちゃんっ! 今日もアゲてきましょー!」
「あ、キャシー」
 キャシーが、肘でコーラルの背中をつっついた。ほっとしたのもつかの間、アダムスが監察官の肩を叩く。
「やあやあ、聞いたよ! 監察官! 君、……二股かけてフラれたんだって!? そんなに面白いことどうしてマブダチの僕に黙ってたのさ?」
「えっ、違う、違う! かけられてだよ!?」
「だよね。君はかけられるほうだよね!」
「そ、そんなに……えぇ……そう見える?」
 おまんじゅうを片手にテレビを見ていたノロイが監察官に視線を移す。
「むう。二股とは、まことに気の毒であるなあ。……ノロイがちょっぴり仕返ししてやろうか?」
「いや、もうずいぶん前のことだし……」
「か、監察官!!!」
 ローランドがばたばたと二階から駆け下りてきて、帽子を脱いで頭を下げる。そのままの姿勢で、部屋に忘れた監察官の証を両手で差し出してくる。
「あ……これ、そう。忘れてってたんだ。よかった-、ここにあったんだね。ローランド、ありがとう」
「俺は……俺は……大変なご無礼を働いてしまいました……あろうことか貴方の機密情報を! 酒の勢いで大音声でがなりたてるなど……」
「あっ。大丈夫。大丈夫だから……うん……顔を上げてよ」
「申し訳ありません、かくなるうえはどんな罰も覚悟しております……!」
「大丈夫だよ。悪気がなかったのは分かってるから。次から気をつけてくれれば……うん」
 できればこうして大声で謝るのもやめて欲しいのだが、死にそうな顔をしているのはたぶんローランドの方だろうと思った。
「ですが、俺の気持ちは本物です……! どうかそれだけは信じていただけないでしょうか……」
「ええと? うん……。うん? うん。分かってるよ……?」
 安堵の表情を浮かべるローランドの言動に、どこがしか疑問符が浮かぶような気がするが、きっと雑談になれていないせいだろう。
「あの、司令官殿。これからも俺と任務に関係の無い雑談をしていただけますか!」
「よ、喜んで!」
 何か間違っているような気がしつつも……とりあえず、四捨五入をして好意として受け取っておくことにするコーラルだった。

2021.03.10

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