ローランド・無傷

ローランドとデートするシリーズのまとめです。

「あ、すみません!」
「ってえな! 前見て……」
 コーラル・ブラウンにぶつかり、文句を言おうとした男は、遠くでにらみつけていた軍事用HANOIに圧され、そそくさと逃げていった。
 ずいぶん遠くだったので、コーラル・ブラウンがその理由を知ることはない。なんだったんだろう、今の、という思考はきれいな青空に溶けていった。

(あれ、今日は珍しくローランドが待ち合わせ場所に先にいない)
「監察官!」
 コーラルは頭の上にぽすんと何かをのっけられた。驚いて見上げると、後ろからのぞき込んでくる軍事用HANOIの姿があった。
 どうやら、軍帽をかぶせられたらしい。
「わあ、やっぱり先に来てたんだね?」
「はい!」
 コーラルが帽子を返そうと差し出すと、ローランドはすっと身を屈めてくる。単に手渡そうと思っていたのだが、このままかぶせてしまっていいんだろうか。
 じっと待っているようすを見るに、よさそうだ。
「じゃあ、はい」
「はい!」
「はい」
「はいっ!!」
 そっとかぶせなおして軽く髪を整えると、ローランドはくすぐったそうに笑った。
「ふふふ……」
「……はい!」
 他愛ない戯れだったが、どっちかというと、コーラルはローランドがこんなふうに戯れてくれるようになったこと自体を噛みしめたいような気分である。
「ローランド、やっぱり先に来てたの?」
「今日もご安心ください。あそこのバーガーショップで張っておりました!」
「あ、あそこで?」
 ローランドはガラス張りになっているバーガーショップの二階を指し示した。そういえば首からは双眼鏡を下げている。偵察任務、というよりはなんだか探偵の張り込み風景のようだった。
 ふと、パトカーの赤いランプが目にとまる。
『現場到着……強盗確保……負傷者無し』
 無線で何か喋っている警察官が、店に入っていった。
「何かあったのかな?」
「はい! いやしかし、監察官が巻き込まれないで何よりでした。強盗が入ってきたときはどうしようかと思いましたがすべて制圧しました」
「え、ええ!? 大丈夫だった? ……いいの!? 事情聴取とか……」
「まあ、些細なことです。それより、どこを回りますか? 先日は俺の趣味に付き合わせてしまいましたから……今日はどこへでもお供しますよ!」
「あ、それじゃあ……」
 どん。
 腕時計を眺めていると、コーラルが目を離した隙にローランドは流れるようにスリを取り押さえていた。
「え?」
「お待たせしました、さあ、バスに乗りましょう」
「うん……」

 当然の如く現れたバスジャックを当たり前のようにのし、バスジャックのベルトで手首を縛り上げてからだった。席に戻ってきたローランドはさすがにため息をついた。
「しかしなんともケチがつく日だ……。俺のせいでコーラルを巻き込んでしまったのではないかと……」
「そんなことないよ。ローランドといないときに巻き込まれてたら大変なことになってたよ」
「そ、そう言っていただけると……! あ、少々お待ちください」
 ローランドの顔が険しくなり、何かしらの端末を操作すると、窓の外をドローンが飛んでいった。たぶん視覚の外で何らかの案件を片付けているのだろう。うん。
 コーラルはそれ以上は考えないことにした。
「コーラが……かかってしまったのはいいのですが、ハンカチを汚してしまいましたね。予定の美術館も、たいして回れなかったですし……くそっ、銀行強盗め……しかしほんとうについていない……」
「気にしないで。いや……洗って返してもらえるといいなあ。次会ったときにでも!」
「!」
 ローランドの表情がぱあっと輝いた。
「はい、次にでも! おまかせください!」

***

 人ごみの中でも軍事用HANOIはよく目立つ。花壇の中に、一本杉が立っているように姿勢が良いので、コーラルはすぐにローランドを見つけることが出来る。
 ローランドもローランドで、こちらに気がつくのは早い。嬉しそうに、ブンブンと手を振るのだった。
「監察官殿ーーっ!!」
「わあ、君は早めに来るだろうからと思って早めに来たんだけどなあ!?」
 一時間くらい余裕を見ていればいいかと思ったのだが、ローランドはそれを超えて早く来たようだ。
 よく通る大声に、散歩中の犬がはねたので、コーラルはちょっと悪いことをしたなあと思う。
「いえ! 俺も! 俺はちょうど……今から十五分くらい前に来ました!」
「ああー……うん! そっかあ!」
「しかし監察官殿、も早いですね……遅れないようにと思って早めに来たのですが……」
「ううーん、そっか。えーっと、なんか……嫌なチキンレースが始まりそうだから、次からはできれば十分前くらいにしようか。遠くから来るときは仕方ないけど……できるだけ喫茶店とかで待つようにして……」
「! 次もまた会ってくださるんですか!」
「あ、気が早かったね!?」
「いえっ、嬉しいです! どうぞ。街をご案内しますよ。さあ、俺に付いてきてください!」

「こちらです!」
 連れがいるというのに、縦列になって移動するのはなんだか変な感じではあったが、おかげかすいすいと道を進んでいける。さすがというべきなのか、ローランドの歩調は早いが、コーラルをおいていくようなことはない。時折、ローランドは振り返ってニコニコしたり、「危ないです!」と声を上げてコーラルを結構大げさに道路の脇に引っ張っていったりする。
「それにしても、ローランドは背が高いからすぐ分かったよ」
「そうでしょうな。なんたって軍事用ですからね!! 目立つのは俺の利点です!! もう少し休みが長ければ、もうちょっと景色のいい場所でも案内できたのですが……」
「ううん、君の行きたいところに連れて行ってくれればいいってお願いしたのは僕だしね」
「そうですか! ……今日はっ!」
「?」
「大変天気がよろしいですな!」
「あ、そうだね!」
 返事をすると、ぱあとローランドの顔が輝いた。ちゃんとした雑談ができたのが嬉しいのか、うんうんとしきりに頷いている。
「ちょっと暑いかもね。どこかよってく? ……あ、ローランド、何か飲む?」
「はい! 俺はコークハイが飲みたいです!」
「! おおっ……」
「?」
 コーラルにとっては一つ発見だ。ローランドのことだから「そ、そんな! いえでも!」みたいな遠慮を見せるかと思ったのだが、素直に奢られてくれるようだ。
(そういえば上下関係があるところって、結構奢ってもらったりするよね)
「ど、どうしました? ええと……飲みますよ! 貴方のコークハイなら! 何杯でも!」
「なんでもないよ……! ローランド、ポテト食べる?」
「はい!」
 なんとなく世話を焼かれてばかりな気がするので、コーラルは人の口に食べ物を突っ込む楽しさというのが分かってコーラルはひそかに感動した。ミラとかジョルジュとかは、人が美味しそうにものを食べているときは、本当に幸せそうな顔をしたものだ。
 ローランドは実によく食べる。
「監察官殿もお食べになりますか!!」
「うん!」
「熱いのでお気をつけてお召し上がりください!!」
「うん!」
「どうぞ!」

 薄暗い明かりの、民家と間違いそうなほどのビルの地下への階段だった。「入っていっていいのかなあ……」とコーラルは身を縮めていたが、ローランドはずかずかと入っていく。
 ちゃんと入店ベルが鳴ったので本当に店らしい。
「つきました、行き着けのステーキハウスです」
「ああ、軍の備品か。何しに来やがったんだ」
「ひえっ……」
 ずいぶんと筋肉質な店主がじろりとこちらを睨む。
「お前もくたばってないようだな!」
 と、ローランドと肩を組んだ。
「あっそういう、そういう仲なんだ、よかった」
「何にしますか、監察官殿! と言ってもステーキだけなのですが……何百グラムにいたしましょうか!」
「それじゃあ、えーと……」
 コーラルは少し考えて、言った。
「君のおすすめで、ローランド!」

2021.03.10

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