羊コンシェルとの1ヶ月の休戦協定

「Hey、Siri。なーんてね、Androidじゃ無理か。ははは」
そんな独り言を聞いていたからだろうか。
スマートフォンが自らの意思を持ち、私の操作に反逆するようになってから、短いようでずいぶん長い時が経った。

お元気ですか。

自分一人であればそれほど気にしないのだが、Twitterのフォロワーさんに謎のDMを送るわ、ポケットに入れておいたら友達にむにゃむにゃしたLINEを送るわ、無機物の自我の目覚めには、わりと実害があったのである。

単なるキーボードの誤入力程度なら我慢できたのだが、スマートフォンには予測変換が残っている。
下手をすればうっかり個人情報をツイートなんかして、世界に発信してしまう可能性だってあったわけで、「もうそろそろ機種変かな……」と思っていた矢先。
いつのまにか「手袋モード」モードになっていることに気がついた。

これは、手袋をしていても操作できるようになっているため、
当然ポケットに入れる程度でも華麗に画面を操作してくれるというわけである。
ワーオ。この知的生命体モドキが!

はてさて、そんなふうに各方面にご迷惑をおかけしたのだが、このスマートフォンの自我の目覚めにも、ひとつだけ良いことがあった。

何やら勝手にdメニューを開いてドコモのサービスで勝手に連携したらしく、予定表に一ヶ月分の献立が入力されていた。

これがどうも、iコンシェル契約のお試し版の機能らしい。

1ヶ月の短い間ではあったが、後にも先にも(先にも!)私が羊コンシェルを評価するのはこのときだけだったろう。


人を信じる心と鶏の皮

儀式。そうだ。あれは儀式に違いない。私もたまには料理という儀式を行いたくなるときがある。
Twitterをやっていたらふとレシピが目にとまり、鶏の皮のおつまみを食べたくなった。

https://mayukitchen.com/grilled-chicken-skin/

私は鶏の皮が大好きだ。
レシピではよく「カロリーが気になる方」に剥がされてなきものにされているが、あれが一番鶏のおいしい部位だと思っている(次に軟骨)。

表面積と体積を考えるに、鶏肉よりも貴重な部位のはず。
あれがあんまり世間でもてはやされていないというのは、私にとってはちょっと都合が良いことだ。
(本当にそうだろうか? 北京ダックは鶏の皮を食べるのでは?)

独り占めしたいので、このまま鶏の皮の魅力には気がつかないでいてほしいが、安定した供給と流通のためにはある程度需要を分かってもらっておかなくてはならない。

ああ、鶏の皮を残す世間と、鶏の皮が食べたい私のマッチングサービスがほしい。

鶏の皮にまつわる言い伝えを見てみよう。
鶏の皮をゆでた後、調味料と一緒にカリカリにフライパンで焼き上げるらしい。
「そのときに油が大量に出ますが、キッチンペーパーでしっかり拭き取ってください。
そうすれば調味料がしっかりなじみます(意訳)」

おっと、先ほど大量にゆでた鶏の皮から?
大量の油が?
きっと、かの国ではそういう言い伝えがあるのだろう。
そういう信仰だ。
人の宗教を馬鹿にしてはならない。

皮だけを売っているところを探すのには苦労したが、遠出して儀式に必要なものをそろえてきた。

しみ出した油でキッチンペーパーが5枚程度びしょびしょになった。
いやしかし、いやまさか。
なにかトリックがあるに違いない。
でも先ほど確かに鶏の皮をゆでたし、油も敷いてない。
なるほど、「カロリーが気になる方は」鶏皮を外すわけだ……。
そして美味しいわけだ……。うん……。

ゆでた汁はスープにすると美味しいらしい。
「牛乳パックに入れて保管するといいですね」
おっと、どうやら料理をする人たちの間では牛乳パックが流行っているらしい。
というわけで、私は恐る恐るタッパーにスープをとっておくことにした。

「油と分離しますが、油はラーメンなどに入れると美味しいですよ」

まっさかー。


豆腐の自我

私の料理は作業であって、別に「やらなくてはいけないこと」ではないので、
それに対するプライドというものもなく、下手だと言われようが上手だと言われようが「そうか……」というポジションにある。

知らない人に馬鹿にされたくはないが、でもそれはそれは単に「知らない人に馬鹿にされたくない」だけであって、料理に対してプライドはないのだ。
どんな手を使ってでも勝ってやるという気概もなく、そういう時は買収に走ることにしている。
財布を開けば約束された勝利が売っている。

「ハンバーグでも作るか」と思ってスーパーへ行った私は「豆腐ハンバーグのもと」を見つけた。
なるほどハンバーグというのはとかくヘルパーなどというものがつきものだ。豆腐ハンバーグにも介添え人がいるのだろう。

見ると170円近く。豆腐とひき肉は自前で調達せねばならないようだった。
じゃあお前は一体何をやるというのだ?
スパイスを? クローブでも担うというのか?
なんだか邪悪なコンサルタントに会ったような気分でそっと棚に戻した。

きっと必要な人が雇うんだろう。
私がたまーに馬鹿みたいに割高なローストビーフを買うみたいに。
牛が行き倒れたらうまいことビーフジャッキーにならないもんだろうか(落ちてるものは食べないけど……)。

レシピを見ると「卵をどのくらい」「豆腐をどのくらい」と書いてあるが、卵が5g余ろうが、豆腐がひとかけら余ろうが無精者には処分する手段がない。
気の利いた人間なら「じゃあここで冷ややっこでも」みたいな気が利くのだろうが浮動小数点は嫌いだ。

それでどうするかというと、なるべく小さい単位を買って、ぜんぶ入れることになる。

わりと豆腐らしき影が見え隠れするハンバーグの味は可もなく不可もない。

世間的にいえば間違いなく料理が上手ではない部類に入るが、漫画のような身の危険を感じる失敗はしたことがない。
忘れてるだけかもしれない。

一度。
炊飯器でチーズケーキを錬成しようとしたとき。
あまりにクリームチーズをつまみ食いしすぎたせいで、豆腐の自我がチーズケーキに宿った。
味はしっかり甘く、チーズケーキで、食べられないこともないが、
確かにそれは豆腐だった。


粉を養う

日常的に料理をする人間にとっては信じられないことだろうが、粉を養うには甲斐性が必要である。
ひとたび粉を購入したら、長い付き合いになる。丁寧に容器に詰め替え、あるいは封をして、たびたびついばみ、ひっくりかえして、コミュニケーションをとり、とにかく存在を忘れずに粉と戯れる必要がある。
さもなくば容赦のない賞味期限が永遠に二人を分かつであろう……ここが自炊で一番安いところなのに!

私の度量では小麦粉と仲良くするのが精いっぱいで、それですら度々失敗し、小麦粉がもはや冷蔵庫から出土というレベルで出現することがある。

気の毒なコーンスターチの話をしよう。
Undertaleの公式日本語版にはしゃいだ私は、もちろんバタースコッチシナモンパイを焼いた。
そのとき、レシピにコーンスターチがあったのでコーンスターチを買ってきた。
使ったのは大匙いくらだっただろうか。

スナップ写真があればコーンスターチを水に溶いて貼り付けていただろうがほかにコーンスターチの用途を思いつかなかったので、私は永遠にバタースコッチシナモンパイを焼いた。

お好み焼き粉であれ、からあげ粉であれ、ひとたびそれを買えば、料理の一番小さな約数となり、使い切るまで繰り返すしかない。いや、世間がそんな愚かなことはないだろうから、何か奥の手みたいなものがあるんだろう。

とにかくそんなだから私は片栗粉におびえる毎日を過ごしてきた。やつ。やつはレシピに登場する。レシピに登場する片栗粉が冷蔵庫の扉を叩くたびに私は居留守を使い(なんでも冷やしておけばいいと思っているのか?)とろみが必要だと忠告を受けるたびに欺瞞と知りながら余った小麦粉やからあげ粉を投げ込んできた。
教訓:からあげ粉はとんかつにまぶすとしょっぱい。

この前、偶然にもスーパーに立ち寄った時に自己評価が高かったために片栗粉を買ってしまった。ネギ焼きという……なんとも卵焼きに似た料理に混入した。ぱりっとした。私は餃子の羽を金で買った日のことを思い出した。
焼くだけのパックの餃子についてきた「餃子の羽の元」。水に溶いて餃子に流し込んだ日のことを。
餃子は金の力で飛べる。

つくづく片栗粉も自我がない食材だ。