タワハノ推し香水レポート
付添人:eveningさん

まえがき

以下は、TOWER of HANOIというフリーゲームの、
コーラル・ブラウンとナナシの推し香水が欲しかったので、
香水の有識者のeveningさんにご相談して、ご提案いただいたものです。
かなり偏った解釈を読ませて出力されたものであることにご留意ください。
また、一応~~~、ネタバレに配慮してはいますが、それでもゲームの重大なネタバレを含みます。

推し香水……やっーてみようかな?

2021年はすっかりタワハノ(TOWER of HANOI)に夢中の年でした。
「せっかくだからオタクとしてやれることはやってみるか~」、と思って色々模索していたんですが、その一つが推し香水です。
香水には全く嗜みがないので、テキトーにガチャガチャして遊ぼうと思っていたのですが、有識者のeveningさんがお手引きしてくださったおかげで楽しむことができました。

なんだか、この情報は私だけが独占するのは世界の損失だなと思ったので、ここにまとめておきます。

TOWER of HANOIは素敵なフリーゲームですので、
ぜひプレイをしてみてください。
ツクール2000Value製のゲームが……動くうちに……!

ご紹介

頻子……私。
eveningさん……香水有識者の方。普段はステキなお話しを書いていらっしゃるよ!

有識者による前置き

  • 香水にはめちゃくちゃ個人差があります
どういうわけか香水というものは、誰の肌でも同じように香ってはくれません。
ある人の肌で一日続く香りが私の肌では五分で消失したこともありますし、
ある人の肌で「甘くて瑞々しい赤ワインの香り!」と言われた香りが、
私の肌では錆びたナイフと血とコルクに染み込んだ渋いワインの香りになったりとか、
最近ではもはや香りのイメージを確立しようとする試みすら放棄して、
「付ける人によって匂いの変わる香水です!」と言い出す香水もあります。

私は主にムエット(試香紙。香水を吹き付けて嗅ぐために使う)と、
自分の腕の内側で試した経験に基づいて頻子さんにおすすめをしますが、
頻子さんのいらっしゃる環境でも完全に再現できるわけではありません。
紙、ないし布に吹き付けることでかなり誤差は少なくなるものの、
それでも当日の気温・室温や湿度に左右されることをご了承ください。
  • 香水は嗅いでから買うものです
これは ほんとうに そう。
もちろん、ある程度慣れた人なら「この調香師さんの作品なら信頼できる」とか、
「香調の感じからして絶対気に入ると思う」等の理由で嗅がずに買うこともしますが、
基本的に、よっぽどのことがない限り、香水は嗅いでから買ってください。
紙の上でどんなに良い香りがしても、自分の肌の上ではなんだか変な匂いになったり、
一部感じ取れなくなったり、ものの五分で消えたりしますから。
香水売り場で気になる香りがあったら、店員さんに「嗅いでみたいんですけど」と言えば、
よっぽど混み合っているとかでない限り、試香紙(ムエット)に吹き付けてくれます。
それを嗅いでみて気に入ったら、「ちょっと肌で試したいです」と申し出たら、
たぶん手首にも付けてくれると思います。
(今後の緊急事態宣言等の具合によっては、肌でのテストはさせてもらえないかも)
これはもう本当に、本当に大事なことです。なぜなら付けるのは自分だからです。
  • 香水は廃盤になります
ものすごく悲しいことですが、永遠に生き続ける香水はありません。
どんなに自分が気に入った香りでも、販売元であるブランドの意向次第で、
「今年限りで販売中止になります」ということがしょっちゅう発生します。
それは単に「あんまり売れていないので作り続けても赤字になるだけ」だったり、
「香りを作り上げるにあたって必要な香料が高騰して手に入らなくなった」とか、
「調香師との契約が切れた」とか、理由は様々なのですが、必ず起きます。
百年前から現在までほとんど香りを変えずに存続してずっと売れ続けている、
ゲランのジッキー(初出:1889年)とかシャネルの5番(初出:1921年)とかはもう、
とんでもなく偉大な、奇跡的な存在なのです。あれは何らかの驚異です。
今回提案する香りの中にも、実は廃盤になってしまった香水が含まれています
(著名なファッションブランドの通常品なので出回っていた量がかなり多く、
 現在でも公式以外の通販では普通に手頃なお値段で買えたりするのですが)。
仮に頻子さんが、私が提案した香りの一つをどれほど気に入ってもらえたとしても、
未来永劫入手できる保証はどこにもありません。ご了承ください。

香水リスト

コーラル

  • ゲラン「エリタージュ(Heritage)」
  • オーケストラ パルファン「ピアノ サンタル(Piano Santal)」
  • ラルチザン パフューム「ティー フォー トゥー(Tea For Two)」
  • セルジュ ルタンス「ダン ブロン(Daim Blond)」
  • ラルチザン パフューム「パッサージュ ダンフェ エクストレーム(Passage d’Enfer Extrême)」

ナナシ

  • シェイ&ブルー「ブラックス クラブ レザー(Blacks Club Leather)」
  • エーテル「ローズ アルカン(Rose Arcane)」
  • ジバンシィ「ジバンシィ ジェントルマン(Givenchy Gentleman)」
  • オルファクティブ ストゥディオ「クローズアップ」
  • シャネル「アンテウス」
  • ペンハリガン「サルトリアル(Sartorial)」

その他

  • ビュリー「ニンフとさそり(La Nymphe au Scorpion)」

以下、eveningさんによる解説です。なお、私の感想は手に入れた奴だけついています。

コーラル

ゲラン「エリタージュ(Heritage)」

  • トップノート:レモン、ベルガモット、ラベンダー、セージ
  • ミドルノート:ピンクペッパー、コリアンダー、オリス、ローズ、ジャスミン
  • ベースノート:パチョリ、アンバー、サンダルウッド
  • おねだん(目安):量り売りが1.5mlで650円
老舗の香水ブランド、ゲランが出している男性用の香り。
最初に感じるのはラベンダーやセージ等のハーブの優しくちょっと甘い匂いで、
そこからすぐにミドルノートのコリアンダーやペッパーなどの、
なんといいますか、「大地の温かみ」みたいな安心感のある香りになります。
この「大地の温かみ」のおかげで、後から出てくる各種お花の匂いが重なっても、
典型的な「女の人が付けてる化粧品や香水や高級な石鹸の香り!」ではなく、
穏やかで物腰柔らか、包容力もある三十代以上の男性…という雰囲気です。

さらに時間が経つと、パチョリ(これも「大地の温かみ」感があります)に加え、
サンダルウッドの滑らかな木の香りに落ち着いてゆきます。
元々のコーラルさんの暖かなお人柄から、さらに年を経て深みが増しました、
という印象によくよく合うんじゃないかなあ、という気がしています。

ちなみに香水の名前、「エリタージュ」は「遺産、受け継ぐもの」の意。
過去の人々がしてきたこと、託されたもの、記憶や足跡を大事にしながらも、
自分は未来に向かって新しい道を切り開いてゆく、という人の香りなんですね。
ただ落ち着いてて柔らかで優しそう、という単なる「いい人」なだけじゃなくて、
心の中にしっかり意志とか目的、目指すものを持っているような人。

なお、エリタージュは日本国内ではオードトワレ(EDT、やや軽めの香り)
のみ販売されていますが、フランス本国ではオードパルファン(EDP)もあります。
ゲランは珍しく、「濃さや強さ・持続時間が違うだけで香りそのものは同じ」
ではなく、同じタイトルでもEDTとEDPでちょっとずつ構成を変えて作っています
(がらっと違う香りにはなっておらず、あくまでもアレンジ、という感じ)。
EDT・EDPどちらも非公式な通販サイトでならサンプルが手に入ります。
EDPのほうがやや控えめに、ゆったりと展開し、長く香りが残ります。
私の手元にあるのはEDPのほうで、こちらのほうがよりコーラルさんっぽいかな、
と思っています。EDTはちょっと渋めというか、よりキリッとしているので…

感想

自分の手ではじめて手に取った香水が、これのEDTと、もうひとつ、後述の「ジバンシィ ジェントルマン」となりました。
とても「誠実で良い」感じの香りで、好きな匂いです。
いちばん「イメージ」に近いというか、こういうにおいがしていたらいいなあ~と思います。

オーケストラ パルファン「ピアノ サンタル(Piano Santal)」

  • ノート:サンダルウッド、シダーウッド、ホワイトムスク、「温められた肌」、ベルガモット、アンブロキサン、温かいミルク、キャラウェイ
  • おねだん(目安):公式サンプルが2mlで45クローナ(現在の日本円で約535円)
こちらは「音楽を香りで表現する」をコンセプトにしたブランドから。
この香りのテーマはピアノとサンダルウッド。静かな音色で目覚めるイメージとか。
香調の中に「温かいミルク」とありますが、本当にミルクのようにとろりとした、
暖かみがあって滑らか、ほんのり甘い夢うつつの香りなんですよ…!
甘いといってもお砂糖マシマシのお菓子みたいな甘さ(グルマン系)ではなく、
砂糖の入っていないホットミルクとか、焼き立てパンの内側の白いところみたいな、
じっくり味わうと仄かに感じられるような、なんとも優しくほっとする甘みです。
飲めそう。冬の真夜中に飲んだら安眠できそう。(※よいこは マネしないでね!)

あと「温められた肌」も、なんと言いましょうか、べたっとくっついてはいない、
傍に座っている人と時々自然に肌が触れ合って、相手の体温を感じるような、
そのついでに微かな「その人の匂い」も嗅ぎ取るような、絶妙な温度感の匂いです。
アンブロキサン(これは合成香料の名前で、滑らかでちょっと塩っぽい香り)が、
より人肌感を増しているんだと思います。

これは完全にコーラルさんのお人柄というか、言動をお聞きして思ったのですが、
彼はとても心優しいし、誰かに対する思いやりとか愛着を持ってくれるけれど、
決してべたべた甘やかすタイプじゃないんだろうなあ、ということがありまして。
世の中に「甘い香り」も「甘い人」もたくさんあるけれど、それとはちょっと違う、
心に染み入るような、付き合っていく中で次第に深まっていくような、
そんな優しさ、愛情を相手に渡すことのできる人なんじゃないかな…と。
それを香りで表現するならどれだろう! と自分の記憶をあれこれ探った結果、
これだ! と選びだしたのがこの「ピアノ サンタル」でした。

ちなみに、公式サイトではこの香りと紐付けられた音楽を実際に聴けます。
本当にしっとり、しんみりとした、聞いていて安らぎに誘われるような、
安易に励ましたり勇気づけたりしない、ただ疲れた心に寄り添ってくれる、
すてきな曲なのでこちらもイメージとして参考にして頂ければと思います。

感想

推し香水……という概念からは外れるかもしれないのですが、
すんばらしくステキなお姉さんの匂いがします。
私にとって香水の匂いというのは、記憶と結びつけるための語彙が乏しいからなのか、「ぜんぜん覚えてないか、はっきり覚えてるか」なんですが、たまに「どんな感じの人だったっけ……」と思って取り出しては「そうそうこんな感じだった」とやっていて、これにいちばん頻繁に会いたくなります。

ラルチザン パフューム「ティー フォー トゥー(Tea For Two)」

  • トップノート:ブラックティー、スターアニス、ベルガモット
  • ミドルノート:シナモン、スパイス、ジンジャー、ジンジャーブレッド
  • ベースノート:タバコ、ハニー、レザー、バニラ
  • おねだん(目安):量り売りが0.7mlで860円
ニッチフレグランス(大企業や著名なファッションブランド以外の香水)
の先駆けともいえるフランスのブランド、ラルチザン パフュームから。
ちょっとお高くてすみません。本当なら1ml500円ぐらいで買えるとこがあったのですが、
今見たら取り扱いを終了していました…なんということでしょう…

それはともかく、このティー フォー トゥー。
お願いが一つだけあります。「トップノートで逃げないでください」です。
もちろんその人の肌質にもよるのでしょうが、私の肌で試したときには、
「中華料理(本場のレシピ通りに作ると日本ではあまりウケなさそうなやつ)」
という圧倒的な印象が襲ってきました。多分スターアニス(八角)のせいです。
「ブラックティー」というのも、我々日本人が思う「紅茶」の匂い、
つまり午後の紅茶とかアールグレイとか紅茶味のスイーツの香りではなく、
ヨーロッパで好まれるスモーキーな茶葉、硬水で煮出した渋く煙たい匂い、
人によっては「正露丸では?」と感じたりするあの匂いなんです…

が! 十五分ばかりして、トップノートの印象がやや薄らいだころに、
ミドルのスパイス類の香りが出始めると、雰囲気が一気に変わります。
それはさながら、小鍋で茶葉と牛乳、砂糖そしてスパイスをコトコト煮込み、
じっくり時間をかけて煮出した温かいミルクティーのような香り、
ティーカップではなくマグカップ、傍には素朴なお茶菓子が…という、
暖かみのあるくつろいだ香りへと、どんどん変化していくんです。
ベースノートでハニーやバニラ等が入ることで、さらに雰囲気は甘くなりますが、
いかにも「甘いお菓子」めいた感じではなく、人の温もりとか心の優しさ、
タバコというのも「誰かが煙草を吸ってる」というより、紅茶を作るときの火とか、
暖炉の薪や煙みたいな空気を作るために入っているんだろうな、と思います。

世の中に紅茶の香りはたくさんありますし(私の手元にも何故か複数あります)、
それぞれに良さはあるんですが、一番コーラルさんに合いそうだな…と思ったのは、
ただ出来合いの紅茶を飲んでるんじゃなく、「誰かのために心を込めて準備する」
という大事な過程が含まれている香りだな、と個人的に感じているからです。
大切な相手を自分の場所に招き入れて、美味しい飲み物を淹れて出してあげる、
それも「おもてなし」というほど格式高くて気合が入っているわけじゃなく、
あくまでも自然体で相手と向き合っている…そんな緩い空気感です。

あと、何よりタイトルを訳すと「二人でお茶を」なんですよね。
この香りにふさわしい最高の名前だと思います。お勧めです。

セルジュ ルタンス「ダン ブロン(Daim Blond)」

  • ノート:スエード、アプリコット、アイリス、ムスク、ヘリオトロープ、カルダモン、ホーソーン(セイヨウサンザシ)
  • おねだん(目安):量り売りが1mlで750円
これはスーツを着たコーラルさんの香りです。
いえ、正確に言うと「スーツ、ないしコートを着たコーラルさんの香り」です。
「ダン ブロン」とはフランス語で「白いスエード革」という意味なのですが、
真っ白というわけではなく、柔らかなクリーム色というか、淡い橙色というか、
そこまで眩しくない、秋口に羽織りたくなるような色を想像してください。

香りは正にスエード、つまり硬くて黒い革ジャンや車のシート系ではなく、
柔らかく、手触りがしっとりしていて…あれ? 前にもこんなこと書きましたね?
とにかくクールでシャープ、どこか近づき難いタイプのレザーというよりは、
撫でていたい、暖かみのある胸や背中に顔を埋めたいタイプという気がします。
全体的にコーラルさんは「柔らかい」「落ち着く」「温かい」イメージなので…

そのレザーに加えて特徴的なのが、アプリコット。つまりアンズです。
ただしこのアプリコット、嗅いだ限り瑞々しい生の果実ではありません。
適度に干したタイプのドライフルーツです。皺くちゃになるまで乾いてない、
口に含むとさくっ…もちっ…みたいな食感のドライフルーツ…半生…
外見的にはしゅっとしたシルエットのコートでびしっと決めたコーラルさんが、
でもお茶の時間とかおやつの時間に、干しあんずを一つ二つ手に取って、
もぐもぐしている様が思い浮かぶような…思い浮かべばいいなあ(願望)

それと、一つだけお断りがあります。
セルジュ ルタンスというブランドはとにかく「訳がわからない」ところで、
まず香調やノート、つまり香水を構成する「どんな香りか」の詳細が非公開、
香りの説明文が「なんかの哲学書か?」みたいな超難解で詩的な散文、
それも日本だけ雰囲気作りのためにそうしているわけではなく、
本家フランスの人でさえ「何言ってるのかさっぱり解らない」と言い出すような、
とにかく全てを嗅ぐ人の想像力に委ねるタイプのデザイナーなんです。
なので、ここで私が書いたことも本当に合っているのかどうか定かではありません。
公式の見解がないものは仕方がないのです…ご容赦ください…
:セルジュ ルタンス、あるいは香水の説明文について
作り出した香水をどのように表現し、どのように売るかはブランド次第です。
万人にアプローチしなければならないファッションブランド発の香水と違い、
セルジュ ルタンスを始めとした、いわゆる「ニッチフレグランス」には、
具体的にどのような香りが含まれているか完全に非公開にするとか、
本来は香りが存在しないもの(太陽光、月光、雪、砂等)を香調に入れるとか、
説明文が香りの説明ではなく詩や散文や官能小説のあらすじになっているとか、
そもそも説明文がないとか、タイトルがないとかいうのはザラにあることです。
ニッチフレグランス専門店のNOSE SHOPさん( https://noseshop.jp/ )から、
適当にいくつか香水のページを開いてみて頂けると解りやすいのですが、
「お前は何を言っているんだ」と言いたくなるような説明文がごろごろしています。

もちろん、敢えて言わないことによって嗅ぎ手に想像の余地を残すとか、
言葉で具体的に伝えることで香りの感じ方に先入観を持たせないようにする、
といった目的ではっきりしない説明文をつけるブランドもありますが、
「中身はごく平々凡々とした香りだが、説明文やビジュアルでさも特別に見せる」
ようなブランドもあるので、これは本当に難しいところです。
私は香水で一番大事なのはあくまでも香りそのものだと思っているので、
「中身はともかく瓶や説明文やタイトルが好きだから買う」ことはまずないですが、
推し香水というジャンルにおいては「完全にタイトルだけで決めました」
みたいなことも発生し得るのかなあ…と思わないでもありません。
というより、今回も「このタイトル! お二人にぴったりだ!」と思う香水なら
他にも沢山あったんです。ええ、ありましたとも。
その上で、中身が伴っていないものは全部レコメンド文から外してあります。
もし気になるという場合はお知らせください。遠大なリストが頻子さんを待っています。

ラルチザン パフューム「パッサージュ ダンフェ エクストレーム(Passage d’Enfer Extrême)」

  • ノート:紅いユリ、インセンス、サンダルウッド、ジャスミン、バニラ
前回「ティー フォー トゥー」でもご紹介しました、ラルチザン パフューム。
その(今のところ)最新作がこちらの香りでございます。
「パッサージュ ダンフェ」というのは直訳すると「地獄通り」。
なんだか恐ろしげな名前ですが、フランスはパリ14区に実在する地名でして、
このラルチザン パフュームの初代本社があった場所なんだそうです。
ボトルのラベルにもデザインされているのですが、香りのテーマは彼岸花。
なのでノートにある「紅いユリ」というのも恐らく彼岸花のことです
(英語ではSpider Lilyなのでユリには違いないわけですね)。
最初に感じるのは、ふっ…と細く一筋立ち上るような煙の淡い香り。
それに続いて、柔らかく温かな、丸みのあるサンダルウッドの匂いに、
ジャスミンやユリなどのフローラルノートがあくまでも優しく重なってゆき、
さらにバニラの香りが心落ち着くような甘さを付け加えています。

何故これがコーラルさんの香りだと思ったのかといえば、
もちろん香りそのものから感じる「物柔らかで温かなお人柄」もそうなんですが、
実は「この名前でこの香り」という部分にすごく感じるものがありまして。
そもそも何故パリにあるこの通りが「地獄通り」と呼ばれるのかといえば、
一説によれば14世紀ごろ、この界隈は極めて治安が悪いことで悪名高く、
いつでもあちこちから叫び声や野犬の吠え声、喧嘩の声などが響いていたとか、
幽霊が出るとか、(当時の価値観で)「不道徳な」人々が住みついていた等、
まるで地獄のようだ…という理由で付けられた俗称だと言われています。

そんな通りの名を冠した香水が、こんなにも優しく安らかな香り。
もっとおどろおどろしい、あるいは殺伐とした、それともセクシーな、
いかにも「地獄」を思わせる香りにすることだってできたはずなのに、
地獄どころか魂の平穏といっていいような心地よい香りになったのは、
もしかすると、かつてこの通りに押し込められていた人々、
当時の道徳観にそぐわなかった故に不当な扱いを受け、悲惨の中で死んでいった、
名もなき死者への追悼や鎮魂のためなのかな、というのが私の主観です。
相手がどんな存在であれ、たとえ自分に対して敵意を向けてくるとしても、
一人の人、一個の人格として向き合ってくれるような芯の通った慈愛、
そこがとってもコーラルさんっぽいなと思いまして…

なお、「エクストレーム」が付かない「パッサージュ ダンフェ」という香り
(こちらがオリジナル版で1999年発表です)も存在しています。
こっちは完全に「お墓参り」、墓前にユリの花を備えてお香を焚いて…
みたいな、曇りの昼下がりの墓地みたいな静謐な香りなのですが、
「エクストレーム」のほうはなんというか、お墓じゃなくて例えば慰霊の場で、
ロウソクを灯したりランプを点けたりして闇をぼんやりと照らし出し、
魂が迷わないように、寂しくないように、その人に確かな光を当ててあげる、
そんなイメージでございます。どっちもいい香りですよ!

感想

パッサージュ ダンフェ(エクストレームのない方)をそーっと小分けしていただきました(大変恐縮です)。
私、思うんですよ…………!
これ、シューニャ&清掃員さんのやつだって……!
いやユリだからって訳では………っ。ない……ないはずですが……。
好きな香りで、控えめなとても良い匂いがしますが、私の環境だと比較的すぐいなくなってしまう香りの一つです。そのあたりも清掃員さんっぽくないですか?
タワハノの概略とコーラルさん&ナナシさんについてしかお話していないので、
この気持ちを共有する人がおりません。
プレイヤーの皆様におかれましては、もし機会がありましたら、「いや流石に違うだろ」など教えてください。

ナナシ

シェイ&ブルー「ブラックス クラブ レザー(Blacks Club Leather)」

  • トップノート:イングリッシュレザー
  • ミドルノート:ブランデー
  • ベースノート:薪、マホガニー、蜜蝋
  • おねだん(目安):量り売りが0.7mlで4ドル(現在の日本円で約460円)
イギリス発のニッチブランド、シェイ&ブルーのちょっとだけ高級なシリーズから。
「ブラックス クラブ」というのはロンドンにある会員制のダイニングバーで
(昔は紳士クラブだったのですが、現在は男女とも受け入れるお洒落なバーです)、
暖炉の前にある革張りのソファや木の椅子に座って仲間たちとお酒を楽しむ…
というイメージで作られた香り。
現代イギリスのブランドによくあるように、構成はとてもシンプルですね。

レザーが主体ではありますが、なんかいかにも男性の革ジャンとか車のシートとか、
硬くてツヤツヤしててがっつり「革製品の匂い」がする…というわけではなく、
確かに革なのだけれど、長い年月をかけて大事にお手入れされながら使われてきた、
しなやかで手触りのいい、少し無骨さの取れた、でも頼りがいのある香りです。
「薪」というフレーズのとおり、ちょっと煙っぽい匂いも混ざっていますが、
これもあからさまにタバコです! 火事です! という焦げ臭さ・煙たさより、
もっと心の落ち着くような、まさに暖炉の前という雰囲気になっています。
ミドルノートのブランデーも、樽の「ちょっとスモーキーな木」という雰囲気と、
お酒そのものが持つほんのりとした甘さや熱を加えてくれるために、
「部屋そのものは暗くひんやりしてるけど自分のいる場所は暖かくて居心地がいい」、
不思議に明暗のバランスの取れた香りとして成り立っているんですよね…

この香りは純粋に、「ああ、ナナシさんにきっと似合うな」という観点からです。
それもエンディング後時空の、やや角が取れたというか少し落ち着いたというか、
コーラルさんたちと上手くやっていってるであろうナナシさんのイメージです。
マフィア時代とか、ゲーム本編中とかの彼なら、もっとハードで暗いような…
それこそタバコに硬めのレザーに血に…という香りになっていきそうな気もしますが、
無事にトゥルーエンドを迎えた彼であればこれぐらいの心境であろう、
仄暗いものは残しつつも、全体的には「誰かといる安らぎ」を得ているのだろう、
と想像しながら選びました(的はずれなことを言ってたらすみません)。

ちなみにこのシェイ&ブルーの「ちょっとだけ高級」なシリーズですが、
高級といっても10mlのミニサイズが約4000円、フルボトル100mlでも13000円という、
昨今の香水業界を考えたらアホみたいに(失礼)良心的な価格であり、
「あなたがたはもっとお金を取ってもいいはずだ…!」といつも思っています。
なお高級でないほうのシリーズは100mlが8500円です。アホみたいに良心的です。
彼らが末永く繁盛し、いい香りを作り続けてくれることを祈ります。

エーテル「ローズ アルカン(Rose Arcane)」

  • トップノート:エグザルトリド(やや体臭っぽい、でも汚れすぎてないムスク)
  • ミドルノート:ローズオキシド(酸味と青味のあるバラの香り、金属臭もある)
  • ベースノート:トバカロール、トリモフィックス(木や煙、湿った土のような香り)
  • おねだん(目安):公式サンプルが1.5mlで1.67ユーロ(現在の日本円で約220円)
「人工物、合成化学物質」をテーマにしたブランド、エーテルから。
…「アンドロイドだから人工物なんて安直な」と思われたかもしれません。
絶対思われたと確信しています。違うんです。これには深い訳が。

昨今の香水の世界では、天然香料(自然の花や木から取り出したエキス)
こそが高級で上質なものであり、合成香料(化学物質を組み合わせて作った物質)
はそれに劣るもの、不自然で安全性に欠けるもの…という風潮があります。
「100%天然香料使用」「オーガニック」が圧倒的な売り文句となり、
「合成的な・ケミカルな香りがする」がごくスタンダードな悪口になるぐらいには。

でも、そんなのはおかしい! そもそも香水の世界は合成香料によって豊かになり、
合成香料があったからこそ今の幅広く個性的な香水たちがあるのに、
人の手で作られたものだからという理由だけで彼らが蔑まれるのは間違っている、
そんな考えのもと立ち上げられたのが、エーテルというブランドでした。
合成香料にだって天然香料に負けないぐらいの個性や実力がある、
むしろ合成香料にしか作り出せない香りがある…という考え方です。
「天然香料の引き立て役」「自然物の代用品」という型にはまった見方から、
合成香料たちを解放し、自由な活躍の場を与えてくれたのがこのエーテルなんです。

その中から選んだ「ローズ アルカン」は、名前のとおりバラの香りなのですが、
お決まりの「『女性らしい』、甘くて華やかでエレガントなお花の香り」ではなく、
いま切ってきたばかりの青さや酸っぱさ、金属や血の匂いにも似た無骨さがあり、
そこに人の肌や革、そこはかとない煙たさ、土の湿り気や埃っぽさも加わって、
なんとも不思議な、決して理想的な姿を目指していないような香りがします。
汚れたところを全て取り除いた、概念的な美しい花の香りではないけれど、
かといって生きたバラの花そのもの、自然のありのままの香りでもない。

なんというか、図鑑に乗せられる写真のような、典型的な真紅や純白のバラではなく、
誰かの心の中で生まれた、「バラ かもしれないその人だけの大事な花」があって、
少し熱を帯びた手がそれを包んでいる、あるいは撫でている、寄り添っている、
そんな空気を持った香りである、と私は信じています。
主張の強い香り立ちではなく、肌の傍にぴったりと留まり、一部になってくれるような。
これだったらナナシさん付けてくれるんじゃない? 付けてくれたりしないかなあ…

感想

推し香水という観点がまずどういうものであるのか、「好んでこれをつけていそう」なのか「その香りがしそう」なのか……香水に詳しければ「来歴を紐解いて選ぶ」という高度な遊びもできるのだ……と思い知った一品です。
推し香水沼、奥が深いですね!
この香水だけは、匂いに詳しくない私でも、「薔薇」だと分かります。はっきりと「薔薇」の香りがします。

ジバンシィ「ジバンシィ ジェントルマン(Givenchy Gentleman)」

  • トップノート:パチョリ、タラゴン、シナモン
  • ミドルノート:パチョリ、シダーウッド、オリス、ジャスミン
  • ベースノート:パチョリ、レザー、シベット、オークモス
  • おねだん(目安):量り売りが1mlで510円
「ナナシさんはスーツを着る」という情報を得て、「これだ!」と思いました。
いや、スーツじゃなくてもいいんです。コーラルさんという安寧を得た後、
ナナシさんの心境には少なからず変化があったんだろうな…という観点から、
この香りを選ばせて頂きました。

タイトルがずばり「紳士」ですが、あからさまなクラシックではありません。
吹き付けて真っ先に感じるのは、どこか汚れたような、強烈な「土の匂い」。
これはパチョリという香草の匂いで、大抵はベースノートに出てくるものですが、
このジバンシィ ジェントルマンではいきなり冒頭から出張ってきます。
「これのどこがジェントルマンだ!? 完全にスレてるだろ!?」って具合です。
でも、少し待つとその強烈さはスッ…と落ち着き、一気に肌の傍まで引っ込みます。
そして感じるのが、「カカオ86%ぐらいのビターチョコレートの匂い」です。

いや、チョコレートと感じるかどうかは主観だと思うんですけれども、
そこから香りは肌にぴたりと吸い付くような、滑らかでしなやかな質感です。
正に、黒一色の細身のスーツを着て、革の手袋を付けた「ジェントルマン」。
これはきっと、「雄」「男」が「紳士」になる過程を表した香りなんです。
最初は荒っぽさとか本能的なところとか、刺々しさを持っていた人だけれど、
大切な誰かとの出会いで少しずつ心が和らいで、正しさを身に着けて、
やがては落ち着きと目的を持った本物の紳士になってゆく、というような。

もう一つ嬉しいのが、この香りは「最後で脱がない」んです。
…男性向けの香りは時々、というか結構、ベースノートでバニラやアンバー等、
今まできりっとした辛口の香りだったのに急に甘くなることがあります。
私はこれを(途中までは正装だったのに)「最後に脱ぐ」とよく言うのですが、
この香りは脱ぎません。最後までクールで、ハードで、端正なままです。
ナナシさん、たぶん滅多なことでは気を緩めたりしないんじゃないかと思うんです。
コーラルさんの前だとしても基本的に塩対応というか、いやべったりはしてるけど、
あからさまにいちゃついたりはしないですよね…と私は理解しています。
目立たず近づきすぎず、それこそ従者とか護衛めいて一定の距離を保ちつつも、
二人きりになったらほんの少しだけ空気を緩めたりする、
そんな空気感が、この「ジェントルマン」には存在しています。

ところで、残念ながらこの香りは廃盤になっています。口惜しい限りです。
ただし、仮にもジバンシィという超有名ブランドの通常ラインであるだけに、
世間には大量に出回ったので、今も国内の通販サイトでは普通に買えます。
現在もジバンシィは「ジェントルマン」という香りを売っているのですが、
それは中身が全く違う、「現代の紳士」に合わせた別の香りです
(この「ジバンシィ ジェントルマン」は初出が1974年なんですよね…)
ジバンシィ ジェントルマン、あるいはフランカーについて
例えば、あるブランドから新規に香水が発売され、大いに人気を博した場合、
しばしばその後に「フランカー」と呼ばれるアレンジ作品が生まれます。
今回のジバンシィでいうと、2017年に発売された「ジバンシィ ジェントルマン」は、
2018年にオードパルファム版、2019年にコロン版という濃度違いが出たほか、
ウッディさを強調した「オー ド パルファム ボワゼ」が2020年に、
オリジナル版の要素を強調した「オー ド トワレ アンタンス」が2021に登場しました。
これは比較的マシな部類であり、ブランドによっては一つの人気作品を
搾れるだけ搾り取るというか、タイトルさえ似てりゃ何でもありだろう的な勢いで、
ファンにさえ「さっさと完全新作を出せ」と言われるぐらいフランカーを出します。
有名なのはゲランのシャリマーでしょうか。1925年に作られた香りですが、
2003年に初めてのフランカーが登場して以来、もうフランカーだけで35本あります。

今回の「ジバンシィ ジェントルマン」でややこしいのは、オリジナル版(1974年)
と全く同じタイトルで全く違う中身の香水が後年(2017年)に出ていることです。
さすがに四十年も経てばブランドの「ジェントルマン」像も変化する、
ということなのでしょうか。ファッションブランドにはよくあることですが。
とにかく、お勧めした「ジバンシィ ジェントルマン」は1974年版であり、
公式サイトでいうとこれ( https://bit.ly/2WXMi87 )です。

感想

ところで、eveningさんがおっしゃっている「ナナシさんはスーツを着る」というのは、「スーツを着そうですか?」という質問に、私が「間違いありません。この目で見ました」というような返答を行ったことによります。原作にそのような描写は存在しません。
というようなことを考えるにつけ、解釈は人の数ほど、推し香水は星の数ほどあるのではないかと思います。

オルファクティブ ストゥディオ「クローズアップ」

  • トップノート:グリオットチェリー、グリーンコーヒー、スパイス
  • ミドルノート:ローズ、ホワイトタバコ、パチョリ、シダーウッド
  • ベースノート:アンバー、ムスク、トンカビーン
  • おねだん(目安)公式サンプルが1.2mlで50クローナ(現在のレートで約595円)
「写真を香りで表現する」という、これまたユニークなコンセプトのメゾン、
オルファクティブ ストゥディオから一本ご紹介します。
前回「ティー フォー トゥー」で、二人でお茶を飲む情景を想像しましたが、
じゃあそれのナナシさんバージョン、二人でコーヒーを飲むとしたら…
と考えたとき、これはばっちりはまるなあと思いましたので。

まず、トップノートで感じるのはなんといってもコーヒーの香り。
正確に言えば、淹れた後の飲み物としてのコーヒーではなく粉や豆の段階、
香ばしさやざらっとした手触りを感じさせるような匂いです。
それに加えて、ジューシーなチェリーの甘酸っぱい匂いもします
(日本のさくらんぼではなく黒っぽいアメリカンチェリーですね)。
香水における「チェリー」はしばしばアーモンドと組み合わされており、
結果として瑞々しい果実というよりは、「チェリー風味のコーラ」とか、
「なんか中東にありそうなお菓子」「求肥」「海外産のカラフルなマシュマロ」
みたいな香りになることが非常に、それはもう非常に多いのですが、
ここではしっかりと「半生」ぐらいの果実感が残っています。
コーヒーの香ばしさと相まって、「焼き立てのチェリーパイかな?」
とさえ思えます。すごく美味しいです。

そこからミドルノートに映ると、今度は少しばかり落ち着いた雰囲気に。
「ローズ」はお花そのものじゃなく、花びらで作ったジャムのよう
(たぶんチェリーと合わさることでやや水分を感じるせいでしょう)。
パチョリとシダーウッドが、決して「甘くておいしい!」だけでない、
暗褐色の木製テーブルや椅子の置かれた室内を演出してくれます。
タバコは…あんまりタバコじゃないです(?)少なくとも紙巻きタバコじゃない。
不思議なことにそこまで煙たくないんですよね、この香り…
後になるにつれてトンカビーンの持つざらっとした質感が加わって、
「コーヒー焙煎してるときの煙や粉の表現なんでは?」と思ったりもします。

香りが表現している写真はここ( https://bit.ly/3xo10BS )で見られますが、
名前のとおり「人間の瞳のクローズアップ」なんですよね。
「自分の内側から外の世界へ、最小から最大へ」クローズアップする、
という思いのもと撮られた写真なのだそうです。
そう考えてみれば、誰かを外の世界…というか、ある一つの枠の中から解放し、
別の視点を与えてくれる人との出会いを表現しているようでもあって、
なんだかナナシさんとコーラルさんかもなあ、と思った次第です。

シャネル「アンテウス」

  • トップノート:ミルラ、クラリセージ、コリアンダー、ベルガモット、ライム、レモン
  • ミドルノート:ローズ、タイム、ジャスミン、バジル
  • ベースノート:カストレウム、オークモス、パチョリ、ラブダナム
  • おねだん(目安):量り売りが1.5mlで780円
お待たせしました(?)、天下のシャネルです。
といってもシャネルって、男性向けの香りはほとんど出していません。
有名な「5番」や「22番」「19番」等はみんな女性向けに作られたものです。
その数少ない男性向けのうち、さらに少ない秋冬向けがこちら、アンテウス。
これはスーツを着た…いや、いわゆる「礼服」スーツではないかもしれないな、
どちらかといえば普段のあの格好の上にシンプルな黒いコートを着たような、
ちょっとだけドレスアップしたタイプのナナシさんの香りかなあ、と思います。

まずトップで感じるのは、紳士向け香水に定番のベルガモットやレモン等…
なのですが、いかにももぎたてフレッシュ! 爽やかな若さ! という香りはしません。
それはミルラ(没薬、キリスト教ではお香として焚かれる)のスモーキーな匂いが、
柑橘類の明るさをうっすらとマスキングし、すりガラスのように仕上げているから。
弾ける若さ! みたいな香りはどうもナナシさんじゃないなあ、という気がしまして…
このミルラはかなり長いこと留まって、香り全体にくすんだヴェールのような、
なんとも謎めいた、しかし物憂げにはならない程度の陰を落としてくれます。

ミドルノートに入ると、ローズとジャスミンという花の香りが登場しますが、
これも先述のミルラ、およびタイムやバジル等のハーブの匂いと相まって、
いかにも女性向けではない、むしろ野に咲く花々の強さや逞しさの表現では、
と言いたくなるような、落ち着いたトーンでとても凛々しいです。
ベースノートにはどっしりとしたカストレウムやパチョリ等の「大地感」ある香りが。
神話によれば、英雄アンテウスの母親は大地の女神ガイアだったとされているので、
そのあたりも考えた香り選びなのかもしれません。

全体的な香りの印象は「シック」。
黒一色のかっちりしたボトル同様に、外見をむやみに飾り立てたりすることなく、
その人が纏うシンプルな服装の内側から匂い立つもの、本人の持つ潜在的魅力が、
じわりじわりと滲み出しているような、バランスの取れた名香です。
なお、どう考えても秋冬向けであろうこの香りを私はつい先日(※7/22)試しましたが、
ベースノートに至ったころ外に出てみると、体温が上がるにつれてほの甘く
(バニラ的な甘さではない、どこかアニマリックな甘さに)なりました。
なかなかいい表現だなあと思います。黒一色のストイックな人にも、
時には体が熱を帯びるような、甘い雰囲気を纏うようなことがあるんでしょうね。

ペンハリガン「サルトリアル(Sartorial)」

  • トップノート:アルデヒド、オゾン、メタルノート、バイオレットリーフ、ネロリ、カルダモン、ジンジャー、ブラックペッパー
  • ミドルノート:蜜蝋、シクラメン、リンデンの花、ラベンダー、レザー
  • ベースノート:グルジュンウッド、パチョリ、ミルラ、シダーウッド、トンカビーン、オークモス、ホワイトムスク、ハニー、古い木材、アンバー、バニラ
  • おねだん:量り売りが1.5mlで800円
仰りたいことはわかります。「こんなに要る???」と思ったはずです。
私も最初は正直「こんなに要る???」と思いました。どうしてでしょうね。
こちら、英国は1870年創業の老舗香水ブランド(ただし当初は床屋)、
ペンハリガンから出ている唯一無二の「変な香水」、サルトリアルです。
サルトリアルとは仕立て屋、特に「歴史と品格ある紳士服の仕立て屋」
を指し、調香担当の方は実際にロンドンのサヴィル・ロウ
(高級紳士服の仕立て屋が立ち並ぶ有名な通りです)まで出向かれて、
そこの空気感や漂う香りを学んだ上で香水を作り上げたのだとか。

そういうわけでこれは「仕立て屋の香り」であり「英国のスーツの香り」、
ゆえに「スーツを着たコーラルさんの香り」として推すものです。
…ですが同時に、これはそのコーラルさんが着た英国のいいスーツを、
丁寧にクリーニングしているナナシさんの香りでもあります。
何を言ってるんだか自分でもよくわかりませんがとりあえず続けます。

最初に感じるのは、きーんと澄んだ空気や金属を思わせる冷たい香り。
いや、香りというか、質感なのでしょうか? 鼻にひりっと来ます。
これは恐らく「メタルノート」で、仕立て屋の使うハサミのイメージ。
続いて湯気というか蒸気のような、少しもわっとした暖かさ。
前述のメタルノートにこれが合わさると、そう、アイロン掛けになります。
あるいは温水を使ったお洗濯やクリーニングなのかもしれません。
さらにホワイトムスクは完全に「洗濯糊」や「洗いたての洗濯物」
のような、ぱりっとして清潔で仄かに洗剤と柔軟剤の匂い…という感触。
そこからレザーやラベンダーのような「英国紳士の香水」らしい香りや、
また木材等の「歴史ある仕立て屋の調度品」といった雰囲気が広がっていき、
正に自分がロンドンの名門紳士服店のバックヤードを冒険しているような…
…あるいはクリーニング店に就活用のスーツ一式を持ち込んでいるような、
唯一無二の体験ができます。これは本当に唯一無二だと思います。

…書いていたらどんどん「頻子さんの推しの香水」から離れつつありますね。
これじゃあ単に「私の推しの香水」を書いているだけです。本当にすみません。
この香りを担当した調香師さん、ベルトラン・ドゥショフォール氏が、
私の一番の推し調香師なんです。彼は天才だと心から信じています。

その他

ビュリー「ニンフとさそり(La Nymphe au Scorpion)」

  • トップノート:マンダリン、アルデヒド、コリアンダー
  • ミドルノート:ビターアーモンド、ジャスミン、ヘリオトロープ
  • ベースノート:ムスク、アンバーグリス、サンダルウッド
重大なネタバレ(クリックで開閉)
フランス発の「水性香水」で有名なブランド、ビュリーの期間限定企画、
ルーヴル美術館の作品とコラボレーションしたシリーズから。
…ごめんなさい、これは本当に例外中の例外といいますか、禁じ手です。
ちょっと前まで量り売りサイトさんで取り扱いがあったのですが売り切れまして、
今のところ入手手段がフルボトルしかありません。めちゃくちゃ高いです。
私の手元には一応1ml残っていますので、お送りすることはできます。
本当なら香水のほか「紙石鹸」「香り付きカード」「ルームフレグランス」
等の安価なバリエーションがあったはずなのですが、公式見たら消えてました…



で、ルーヴル美術館にある「ニンフとさそり」は大理石による彫刻作品です。
ニンフとはギリシャ神話の水の乙女であり、それだけ見ればナナシさんには無縁です。
それなら何故これを選んだかといえば…頻子さんご提示のオプションです。
この香りが表現するものは、ずばり「死」。そう、例の…サイン…あれです。
「さそりに刺され、その毒によって息絶える娘の彫像」をモチーフとした結果、
無機質さと苦さ、毒の鋭さ、その後に来る死の安らぎまでも表現された香りは、
もしかするとしっくり来るんじゃないかと思ったのです。

吹き付けると最初にぴりっと来るのはコリアンダーの刺激。
それに加えてマンダリンやアルデヒド等で「湿った空気」が演出されます。
ニンフは水の精ですから、空気感が湿っているのも納得なのですが、
中でもこれは「曇った空と荒れた冬の海」を的確に表現していると思います。
続いてビターアーモンド(よく「杏仁豆腐の匂い」とも言われます)の香りが、
すべすべとして硬く冷たい肌、磨かれた大理石のような白い表面を描き、
さそりの一刺しによって毒が体に広がり、体温が奪われていく様を思わせます。

ここまでではなんだかおどろおどろしいような雰囲気に感じられるでしょうが、
実はここから最後に来るのが、思いのほか優しく、穏やかで、静かな匂いなんです。
ムスクとサンダルウッドがそれぞれ、まるで瞑想でもしているような、
曇っていたはずの空から一筋陽の光が差すような明るさをもたらして、
「死の安らぎ」とでもいうような、どこまでも凪いだ安らかな香りになります。
頻子さんのいう「HANOIの(契約による)死」は恐らく眠るような死である、
という表記を改めて見たとき、ぱっとこれが思い浮かんだのでした。
他者から見たら悲劇的だろうし、避けられたはずの死だし、美化はできないけれど、
死者の感覚としては、曇天を通り抜けて自分だけの晴れ間を見たかのような、
現世から解き放たれたような、そんな寂寥感と安堵が混じり合う香りです。

感想

はじめ、ショップで適当に推し香水を頼もうかな、と思ってせっせとまとめていた時には、T1については述べるつもりがありませんでした。ここを説明するには、前提とすることが多すぎるのと、インパクトも大きいな、と思っていたので……。

それっぽい配色のグッズが2つ並べばイメージアクセサリーとか言い張って生きてきた人生です。
「青っぽい」を入力して「青」が帰ってくれば順当で、それだけで大いに楽しめる自信があったんですよ!
つまりコーラルさんの方は「優しそうな」、ナナシさんの方は「(一見してとっつきづらいが)真面目そう」くらいのものを出してもらうのが目標でした。

だから、要素をどうやってピックアップしてなるべく「っぽい」物を出してもらうか……それが目標だったのですが、eveningさんがお好きなだけ思いのたけをぶつけてくださいと仰っていたので遠慮なく……語りました……。
つらつらと語ったあとの聞き取り用の質問票に「廃棄されたHANOIはどんなかんじに処分されるのでしょうか?」というのがあったりしました……。

私は香水というものを侮りすぎていました。
まずもって、「この概念」っていうのが、存在するんですね!?

美術鑑賞のつもりで、遠出のついでに嗅ぎに行ったのですが、香りをかいだ瞬間、「逝ってしまったんだな……」という深い喪失感に包まれました。
とても良い匂いで、なんていうか、eveningさんのおっしゃるとおり、辛いものではなかったんだろうなと思えるような、安らかな感じではあるのですが、それでもさみしい気持ちになります。

このあたりは、私が普通に生きていたら絶対に味わえないところだと思うので、eveningさんのお力を借りて良かったなあと心から思うわけです。

余談

「好きな匂いは」と聞かれたら、散々悩んだ末に「せっけんの匂い」とでも言いそうです。多分間違っちゃいないんですが、今は言えますよ!
「オーケストラ パルファンのピアノ サンタル」と……!
ただ、これだけ丁寧な解説を聞いてなお、どれがサンダルウッドなのか、どれがシダーウッドなのかはわかりません。せいぜいがあったかいミルクくらい。これの何のどの辺が好きなのか、いつか私にも分かる日がくるんでしょうか。
私は、私の五感に関してはまったく信用しておらず、どうにも刺激に対して切り捨てている値がでかいようで、間違っても「鋭い人」ではないんですよね……! 解像度が足りないと申しましょうか。まあ、それでも好き/嫌い、快/不快は分かります。

eveningさんのピアノ サンタルの解説文の、「焼き立てパンの内側の白いところ」という表現が大好きで、読み返すたびに、これほど幸福の詰まった表現もなかろうと思っています。私の頭の中に浮かんでいるのがシンプルな丸パンで、柔らかいパンを裂いて口に運ぶときのこの上ない嬉しさを思い出します。

「わー、すごい! 楽しいな~!」という気持ちだけで、未知の世界を垣間見てきました。
別に避けていたわけではありませんが、とくに人生の通り道にはなかったので、全く知らない世界です。
「推し調香師」なる概念も初めて知りましたし、なんなら香水の方を推す側の「推し香水」概念に触れたのも初めてかもしれません。美術鑑賞する気持ちで香水売り場に行ったのも初めてでしたし、なんなら私が頭の中で「ムエット」で想像していたのは完全に「ポプリ」でした。

香水なるものは身嗜みの最上級、おしゃれ上級者の上級呪文だと思っていましたが、家のクッションに吹き付けて遊ぶくらいなら……いや、それだって、たぶんなんか……生地を痛めないとか染みになるとか……だいじょうぶ、クッションはそんなに大切なものではないし……こう、できるものですね。

私にとって香水というのは、THE・瓶みたいな、記号的なことが多かったので、ホントに急に瓶で1000円くらいのやつを一個買って飽きかねなかったと思います。量り売りという概念がたいへんちょうどよかったです。

果たして1mlとはどれくらいなのか……こんなに真剣に考えたことはありませんでした。栄養ドリンクの成分のよう、一滴くらいじゃないのか……ところが気が向いたときに吹きつけて遊んでいるだけだと、ぜんぜん減る気配を見せませんね。瓶で買った万年筆のインクのように……。そう、嬉しいことに!

慣れない土地に行きましたが、たいへん楽しかったです。

香水の楽しみ方を教えてくださったeveningさん、ありがとうございます!
タワハノを、そしてナナシを通過された皆様におかれましては機会があったら是非「ニンフとさそり」を嗅いでみて欲しいなあ、と思う今日この頃でした。

2022.3.12