聞こえない音(問題編)

 通行人相手に聞き込みをしていると、時季外れのサンタクロースみたいな恰好をした男が側溝から這い出してきた。だいぶ怪しい。背負っているビニール袋いっぱいに落ち葉が透けている。
 市役所の人間というのは、ずいぶん何でもするらしい。その点、探偵と似たようなところがある。妙なシンパシーを覚えながら、私はそいつに声をかけた。
「よお、葉っぱ集めか?」
「公園の落ち葉で排水溝が詰まったって苦情が来てね」
 トグラは泥汚れを払いながらのんびりと言った。
「やあ、元気かい? 僕は元気だよ。僕はね」
 私はそんなに露骨だったろうか。にこにこと笑うトグラは、私が悩んでいるということなど百も承知のようだった。
 少し迷ったが、私はトグラに悩みを打ち明けることにした。普段、ちょくちょく頼みごとをきいてやっているし、それくらいの迷惑はかけられているはずだ。
「仕事の話だから、ここだけの話にしてほしいんだがな……」
「心配いらないよ、友達は少ないんだ」
 友達としてはやや反応に困る返しだ。私は乾いた笑いを浮かべた。
「この辺で強盗事件があったのを知っているか?」
「ああ、うん、2丁目のお屋敷の空き巣事件だろう。すごく話題になっているね。なんでも、家を留守にしている間に、家財道具を一切合切持っていかれたとか?」
「ああ。それだ。なんとかフィールド氏の屋敷だ」
 俺はふう、と息を吐いた。
「その事件なんだがな、捜査が一向に進まない。……目撃証言が集まらないんだよ」
「おや、それはおかしいな」
 トグラはビニール袋を置いて、「もっと話せ」というようにカチカチとトングを鳴らす。
「だいぶ大掛かりな犯行だし、ずいぶんな騒ぎだったそうじゃないか。あんなに大きい屋敷だったら、使用人はいくらでもいただろう」
「そのはずだったんだが。その屋敷の主人がひどいケチなんだ。通いのお手伝いさんが何人かいるらしいが、あいにくちょうどいなかった。
そのくせ、自分の財産を狙われることに対しては敏感で、出費を惜しまないときたもんだ。屋敷の周りは、高い塀がぐるりとお屋敷を取り囲んでいる。まあ、それがあだになったな。侵入は難しいが、侵入してしまえば好き放題だ。
正直、恨みを買ってる人間が多すぎて、警察はあまり捜査に乗り気じゃない。しびれを切らして俺が雇われたってわけだ。まあ、犯人を逮捕してくれっていうよりは、目撃者を探しているって感じだな、今のところは」
「君に対してもケチなのか?」
「もしそうじゃなかったら、もう少しまじめにやってるな。まあ、日当はつく。昼食代は出ない」
 トグラはたしなめるような、それでいて黙秘するような、市の職員のふるまいでは模範的な表情を浮かべた。付き合いが長いと、彼が心底面白がっていることがわかる。
「だれか見つかったのかい?」
「まあ、1人、知ってそうな奴を見つけた。ちょうど裏口のごみを漁っていたホームレスの爺さんでね。しかしね、そいつは耳が聞こえないらしいんだ」
「全く?」
「全く。いや、年だからというわけじゃないと思うが。生まれつきなんだそうだ」
「それで気が付かなかったというわけか?」
「そう言ってるな。私が思うに、耳が聞こえないってのは間違いじゃないと思う。僕が話を聞いているとき、ちょうど引っ越し業者がそいつの真後ろに段ボールを落っことしたんだが、無反応だった。皿がたくさん割れたんだがね」
「おっと、よかったじゃないか。その爺さんは何か知ってるほうに賭けるね。少なくとも耳が完全に聞こえないっていうのは嘘だな。聞こえないふりをしているだけだ」
 私はまじまじと友人の顔を見た。トグラは平気な顔をしていて、それじゃあ、と、落ち葉拾いに戻るところだった。
 私も分かった表情を浮かべるべきか?
 トグラはいったいどうしてそう思ったのだろう?

ミステリーを書きたかったらしい。