あとがき――ヒトと吸血鬼

 寝る前にはいつも吸血鬼とはなにか考えている。私が寝る前なのであるから、もちろんお昼時である。
 吸血鬼は何なのか。どうして自分が吸血鬼になったのか。吸血鬼になれば、哲学と無縁でいられない。
 人間が生きているのと同じくらい、きっと答えはないだろう。

 吸血鬼は人の道から外れた悪であるのか、はたまた、神様の気まぐれか。
 ひょっとすると、吸血鬼は長い間に生じた世界の”バグ”なのかもしれない、なんて気楽に思うことだってある。我々にプログラムされた、長い長い遺伝子の設計ミスなのではないかと。
 もしかするとチートコードのようなものだ。実は、それほどメリットはないけれど。

 メリットの一つとして、まず間違いなく長生きするのは得なものである。
 吸血鬼になったおかげで、生まれたときには不可能だった世界の先を見ることができている。いまの私には、吸血鬼をドローンに例えることだってできる。もうちょっと長く世の中を見ていたら、吸血鬼をワープ装置だとか、宇宙エレベーターなんとかに例えることができるかもしれない。
 新しい比喩を作ろうと思ったら、早く生まれるか、ずっと長生きするかだ。

 残念ながら、あるいは幸福なことに、吸血鬼になる人間の数は、世紀をまたぎながらじわじわと減っている。16世紀、魔術と迷信の時代を境にして、吸血鬼はどんどんと減っている。21世紀の吸血鬼の発症例は、たったの10件。いずれは、0になるだろう。
 並の人間よりも長く生きるつもりの私ではあるが、なんとなく種の滅亡がさみしい気がするのは不思議なことだ。

 人は吸血鬼になれるが、吸血鬼は人にはなれない。人が懐かしいとも思うし、吸血鬼になってよかったと思う。どちらにせよ、私は生きていながら死んでいるわけであるし、それで何が変わるでもない。

 ただ、ときどき。とくに眠る前、吸血鬼は確かに存在するのだということを、どこかの誰かに知っておいてほしいと思うときがある。
 ほかでもない人間に。なぜか、自分よりずっと早くに亡くなるだろう存在に。なんとか記憶にとどめてほしいという衝動にかられる。忘れてもいいから知っておいてほしいと思う。
 これだけはちょっと、自分でも解せない。
 ひょっとすると、私は、自分で思っているよりも、人間が好きなのだろうか。

ルーク・デッドマン


2016/05/31から2016/06/15 全15話+α 完結 2017/04/2 サイト掲載版 改稿

注) 小説家になろうに掲載していたものの手直しです。