アンブレラ

 私の傘。
 ボタンでくるりとまとまったアンブレラったら、痩せこけたスペードのシルエットみたいにキレイ。とっても洗練されている。都会的だ。
 よく行く駅の、隅っこの、照明がないところの、人通りがないところにざっくりと斜めに、一室を占領するように、刺さっていた。
 あたしは、一目でその傘が気に入った。シックなデザインがいかにもキュートで。可愛らしくて。お洒落なハイヒールのようにすらりとしていた。長い先っぽが地面を穿つようにブイの字になっている。

 寝ても覚めても、あの傘が忘れられない。全体的に折れてしまいそうなほどか細くて、しかししっかりとたわみそうなほどには良くできていたのであろう傘だった。あの手に余るほどの長さの傘を、こつんこつんとタイルに鳴らして帰れたら、さぞかし気持ちがいいだろうな。

 次の時、駅に傘があったのは雨の日でもなんでもなかったのだ。晴れていたはず。だから目立っていたのだ。次の日も。しかし二日目に見たときは傘はしっとりとしながら、たしかにくるりと、向きを変えていて繊細な表面の浮いた透かし模様がはっきりとしていた。誰かがあの傘に触っている。私は悟った。誰かもそれに魅せられている。私のようにそっと取っ手を握って見てしとやかなカシの木の重みを探って、他人の呼吸を感じたりしたのだろうか。
 喉を鳴らし、私は雨も降っていないというのにコンビニで安い折り畳みのビニール傘を買った。黒い傘は相変わらず地面にねじ込むようにどろりと食い込んでいるかのようだった。まるで釘のよう。
 家に帰っても、ずっと、私はあの傘のことを考えていた。
 リモコンでテレビのスイッチをつける。
 天気予報では降水確率は10パーセント。そして台風が来るらしいのだ。

 私は賭けに出ることにした。もし雨が降っていたら、そして誰もいなかったら、あの傘を空にさして帰ろう。なんでそんなことを思ったのかはわからない。あの傘は私のものではないのだけれど、でも、たった、たったの一割、取っ手のつまさきまであたしのモノにしよう。いけないことだとは分かっているけど、その日は、興奮してなんだか寝付けなかった。
 夢の中で、すっかり晴れているのに、あたしは傘をさしていた。
10%の確率で犯罪者になろう。

『かさとアンブレラ』
お題 愛と憎しみの傘