分割払い

「それではもらっていきますね……」
 悪魔の声は、ぼそぼそとした声だった。顔をあげもしない。ひょいとなにかつまむように私の前で手首をひねる。私の体はすこし軽くなった。
 これぞ魂の重さというやつだ。それも24分の1。
 奇妙なことに、悪魔の魂への支払いのやり方には、いくつかの方法がある。一括払い、分割払い12回、分割払い24回、ボーナス一括払い……などなど。
「リボ払いは……あまりお勧めしませんね」
 喉に藻の詰まったような声で悪魔が言った。私はわずかに眉をひそめた。悪魔の説明はおおむね、理解ができなかった。もし巧妙に仕組まれたあくどい契約なら私の身は破滅でしかないが、悪魔は丁寧に、1年間のクーリングオフについての説明と、リボ払いに対する注意を重ねた。成人していることを示すために保険証を出す。
「あ、お誕生日なんですね」
「きのうね。いや、おとといか」
 これだけは悪魔の儀式に似つかわしく、時刻は深夜12時をすこし過ぎたころだった。
 悪魔はすごく迷った顔をして、結局おめでとうとは言わなかった。プライベートとの垣根を良くわきまえている。
 その代わりに契約の話を懇々と諭した。特にリボルビング払いについては、再三嫌そうな顔をして説明した。
「今の10代のリボ分と、あとの、50代のリボ分って、同じようで結構違いますし、それに、負債は減りません」
 薄いパンフレットのうたう簡単さとは、また違う言い分だ。
 たぶんこいつは、契約はうまくとれないタイプの悪魔だろう。スーツの襟が片方だけよれている。右側からみればまっとうかもしれないが、左から見ると不自然だった。
「50まで生きられるんでしょうかね」
 私がそう言うと少しだけピクリとして、ごまかすように語尾が小さくなった。「どうでしょう、どうでしょう、でも、寿命が。まだありますし、利率としては、信用としては、分割払いができるくらいの、ありますよ」
「若さというやつですね」
「そうです、それだけが担保です」
 悪魔はばらばらの語彙の中で泳いだあげく、しっくりくる定型句を掴んだらしい。なぜかその言い回しだけは流ちょうで、確信めいていた。
 人生の節々に現れては、利子分をきっちり人生から引いてゆく……。そういう契約で、ただしその利子も微々たるものだ。
「魂というのは、すり減ったりもしますが、増えますから……成熟というか、なんというか、その分を。はい。刈り取るというよりも、育てていこう、みたいな方針なんですよね。最近は」

 それから悪魔は消えてしまった。供物としてささげたスーパーで買った安売りのヒレ・ステーキ肉が目の前にある。これは食べてしまっていいんだろうか?
 何かがすっかり軽くなった気持ちがして、私は持っていたポップのCDをすべて売り払ってしまった。
 24分の1。私の魂の一部。安いようで結構重い。私はこの先一生、ポップミュージックに興味を抱くことはないだろう。
 それは、もしかすると、魂の成長とか、成熟とかと呼ぶのかもしれないが……。

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『分割払い』
お題 いわゆる税理士(税の要素はどこへ行ったんだ)